+++ call my name +++



 『俺、今度お前のどこかに、俺の名前書いておこうかな』


 「自分の所有(もの)」だと、自分だけのものにしたいと心の底から思った。他の誰にも渡すものかと、こんなにも何かに執着したのは生まれて初めてのことだった。


 真実を知ることで、やっと「俺」と「三洲新」が、自分の中で融合された気がする。
 ひとつになった途端に、今までの真行寺に対する感情もスルッと消化することができた。
 この感情を、認めてもいいんだと、思った。
 こうして近くにいてもうたた寝できるほどに気を許せる相手。俺に俺としての居場所を与えてくれた存在。
 窓から吹き込む涼しい風を受けながら自らのポロシャツに手をかけつつ窓を閉めるように促す。忠実に言われたことを実行して振り返った真行寺が、俺の露になった肌に気付いてゴクリと喉仏を上下させた。見つめた瞳が欲望に濡れている。
「真行寺」
 呼ばれるままにベッドの隅に腰を下ろす。
「いいの…?」
 今更無粋なことを聞くなとばかりにその問いには答えず目を閉じると、いきなり激しいキスを仕掛けられた。強引なキスと強く抱き締める腕のせいで呼吸が苦しい。でも今日は久しぶりのその苦しささえ愛おしかった。
「んん…」
 熱い舌が俺の咥内を動き回る。触れられた場所から快感が湧き上がり何も考えられなくなってきた頃、真行寺の手が俺の胸の突起を撫で上げた。
「んあっ…!」
 優しいタッチで触れたかと思うと強く押され、次第に腰に熱が溜まっていく。さすがに苦しくなって首を振ると、察したように真行寺の唇が離れていった。
「はあ…ぁ……」
 だが、呼吸を整える間もなくその唇は首筋を這い、鎖骨を舐め、胸の突起を捉えた。
「ああ、やっ……」
 強い刺激に思わずのけぞる。それでも真行寺の口が愛撫をやめることはなく、強弱をつけながら舐め回し、激しく吸い付き、時に歯を立てながら空いた手ではもう一方の突起をいたぶる。
「はッ…ああ…アッ…!」
 いつもより性急な愛撫に、もう淫らに漏れる声を止めることができない。
「気持ちいいの? アラタさん…」
 そう問いかける真行寺の声も上擦っている。
「ん…お前、今日、急ぎすぎ。もうちょっと、ゆっくり…」
「ごめん。でもムリ。久しぶりで俺…もう止まれない」
 言いながら、右手を俺のデニムのボタンにかける。
「アッ、おい!」
「だってアラタさん、どれくらいぶりだと思ってるの?」
 そんなことは俺だってわかっている。あの夏の日、真行寺の部屋での出来事を思い出す。
 グイッと腰を押し付けられ、デニムの厚い布越しでも真行寺のソレが硬くなっているのがわかった。
 その瞬間、目の前の男がこんなにも自分に欲情していることを実感し、背筋に震えが走った。
「あ…」
「アラタさんだって、こんなになってる…。苦しいでしょ」
「はあ…んッ……」
 そっと股間を撫で上げられ、もどかしさに身を捩る。
 真行寺はその様子を見て一気に俺の下半身を露出させると、自分も全てを曝け出した。
「好きです、アラタさん」
 互いの肌をこれ以上ないほど密着させ、耳元で囁く。
 俺はそのいつもの言葉に安堵し、しっかりとその背中を掻き抱いた。
 耳、頬、首筋、鎖骨…触れられる場所どこもかしこも敏感になっていてどんどん追い上げられていく。俺の中心の高ぶりは触れられる前から涙を流している。どうにも逃げられない快感にあられもない声を止められない。
 多少強引とも言える手管で激しい愛撫を施され、乱れる呼吸を整える隙も与えられず、俺は為すすべもなく久々の快楽に溺れていった。


「もう、ヤダ…真行寺ッ」
 中々触れてもらえずに雫を溢し続ける熱い塊に、耐え切れずに自分で手を伸ばすと真行寺がそれを制した。
「ダメ。俺がするから…」
 そう言って躊躇いもなく唇を寄せる。
 優しいタッチで袋を弄りながら裏筋に舌を這わされ、えも言われぬ快感が駆け抜けた。
「あああっ」
 何度か舌が上下に往復したあと、今度は先端を舌先がくすぐる。
「んんッ…」
 俺はこみ上げる射精感を必死に我慢してシーツを握りしめた。
「アラタさん…こっち見て」
 呼ばれて目を向けると、すでにこれ以上ないほど硬くなった肉棒が真行寺の口に飲み込まれていく様が見える。
「ヤッ……!」
 扇情的な瞳で見つめられながら舌を絡められ、すぼめた唇を上下させられるとアッという間に限界が見えてきた。
「だめだ、真行寺! もう、マズイから…」
 真行寺の頭を掴み、強引に顔を引き離す。これ以上されたら、その口の中に放ってしまいそうだった。
「イきそう?」
「ん…」
 もうごまかすことはできないと悟った俺は素直に頷いた。
「でも、ちょっと待って」
 真行寺はいつのまにか用意していたローションを手に取ると、最奥の蕾に塗りこんだ。
 周辺をほぐすように撫でたあと、ゆるゆるとその指が俺の中に入ってくる。
「うっ…く……」
 久しぶりの感覚に息苦しさを感じながら、でもその一方でゾクゾクとする快感がこみ上げる。
 真行寺の節の太い指が中の壁を擦るたび、熱いため息が零れた。
「はぁ…あぁ…ん…」
「大丈夫? ホントは、もっとゆっくり慣らしてあげたいけど…俺のほうが限界…かも…」
 俺を気遣う真行寺の息も荒い。
「…いいよ、少しくらい痛くたって」
「でも…」
「いいから、早く…俺も、欲しいから」
 躊躇う真行寺にそう告げると、切羽詰まった声が返ってきた。
「アラタさんッ!! そんなこと、言われただけで、俺ッ…!」
 言うなり脚を割り、腰を進めてくる。
「いくよ」
「うっ」
 大きな抵抗と圧迫感。早く繋がりたくても久々の行為のせいで簡単にはいかない。
「少し力抜いて…」
「んん…」
 俺の苦痛を感じたのか、なだめるように空いた手を俺の手に絡めながら少しずつ熱い塊を埋め込んでくる。本当はすぐにでも奥まで突き入れたいだろうに、忍耐強く俺が馴れるのを待ちながら行きつ戻りつを繰り返す。真行寺の顎を伝った汗が俺の頬へと落ちた。
「はあ…。入った…。キツイよ、アラタさん。…痛い?」
「大丈夫だから。動けよ」
「うん。でも、あんまり持たないかも。ごめん」
「いいから、気にするな」
 真行寺が気持ち良くなれるのなら、自分の少しくらいの痛みなど構わなかった。
「アラタさん…」
 ゆるゆると動きだした真行寺の吐息交じりの声が耳元をくすぐる。
 こいつがいたから…どこまでも真っ直ぐに「俺」を見つめてくれるこいつがいたから、本当の自分を掴まえることができた。
 どんなに無茶を言っても冷たくあしらっても、いつもいつも、潔いほど真っ直ぐに、「三洲新」を好きでいてくれた。
「もっと…」
「え?」
「もっと、名前呼べよ。俺の名前…」
「アラタさん?」
 不思議そうな表情を浮かべた真行寺の頭を引き寄せ、そっと口づける。
「アラタさん…!」
「ん…真行寺…」
 名前を呼ばれたことに満足し、もっと、と誘うように真行寺の腰に脚を絡めた。
「アラタさん…も、ダメ。久しぶりだし、俺…そんなふうにされたら…」
「いいよ。来いよ」
「うん。じゃあ、一緒に…」
 もう我慢できないとばかりに激しく腰を使いながら、真行寺は俺のモノを容赦なく扱き始めた。
「アアアッ!」
「アラタさん…アラタさんッ!」
 真行寺が俺の名前を口にするだけで快感が増し、自分自身が真行寺をきつく締め付けるのがわかる。
「ハッ…」
 真行寺の吐き出した短くも熱い吐息を感じて、俺は最後の階段を駆け上がった。
「あっ! イクッ…アァッ…!!」
 堪えきれない快感と感情のままに、初めて真行寺の背中に爪を立てた。
「俺も…アラタさんっ! うぅっ!!」
 真行寺が動きを止め俺の中で脈動する。荒い息遣いのまま、何度もキスを交わした。


 ようやくふたりの息が整った頃、真行寺が俺の瞳を見つめて言った。
「大好き、アラタさん…」
 目の前の柔らかい笑顔にふいに視界が歪んだ。
 慣れない感覚に慌てて瞳を閉じると、涙がこめかみを伝う。
「エッ…ちょっ…どうしたの、アラタさん!?」
 慌てた真行寺の声。柔らかい指先が涙を拭う。
「なんでもないよ」
 声が震えた。
「なんでもないわけないじゃん! ねえ、どうしたの? 俺、やっぱりどっか痛くしちゃった?」
 ガキじゃないんだから痛いくらいで涙なんか出るかよ。思わず笑ってしまう。
「そうだな…なんでもなくは、ないかもな」
「…アラタさん?」
「いつかちゃんと話すから。だから、それまで待っててもらえるか?」
 いくら相手が真行寺と言えども、簡単に話せることではない。だけどこいつには、俺のすべてを知っていて欲しいと思うから…。
「もちろん。待たせていただきますです」
「はは。なんだそれ」
「へへ。照れ隠し…? ていうか、うぬぼれだとは思うんすけど、でも、もしかして俺、アラタさんにとって特別だったりします? さっきも、医学部やめる話、最初にしてくれたんすよね」
「ああ、何を今更…。だって、お前だけだよ」
「え、何がっすか?」
 そうか、やはりわかっていなかったのか。
「――名前。俺のことを名前で呼ぶの、許してるのはお前だけだ」
「あ…」
 俺にとっては今更なことだが、わざわざ言ったこともないので真行寺は意識したことがなかったのだろう。ぽかんとした顔がその証拠だ。
「父さんとばあばが付けてくれたんだって。色々考えて……俺のために」
「うん。いい名前っすよね。三洲新」
「だろ?」
――「三洲新」。俺がこの世に生を受けて、初めてもらった自分だけへの贈り物。
「早くアラタさんのお父さんに会いたいな」
「父も楽しみにしてるから。粗相するなよ」
「了解っす。ああ、でも緊張するな。お母さんも来るっすよね?」
「ああ。でもくれぐれも言っておくが、母には付き合ってること話してないんだからな」
 あの人のことだから、一度会わせてしまえば遅かれ早かれ気付くのだろうが。母親の勘は鋭いからな。
「わかりました。お父さんと仲良いんすね、アラタさんて」
「ああ。自慢の父親だよ」
 真実を知った今、妙なわだかまりはすべて消えて、逆に父との絆は深まり、心から尊敬できる存在となった。父ならきっと、真行寺のことを好きになってくれるだろう。
「それよりお前、御門、がんばれよ」
「え…。はいっ! もちろんっす!! アラタさんたら、ここにきて初めて言ってくれたし」
 よよよ、と泣きまねをしながら抱き付いてくる真行寺を受け止め背中に手を回す。と、わずかな違和感を覚えた。
「あれ? お前、ちょっと後ろ向いてみろよ」
「はい? なんすか?」
 言われた通りベッドの上でうつ伏せになった真行寺の背中には盛大な蚯蚓腫れ。その跡をスーッと指先でなぞってみる。
「わわわ! 何するんすか、アラタさん!」
「書いておいたから。俺の名前」
「はいぃ?」
「お前は俺の所有物(もの)だからな、真行寺」
 訳がわからず慌てる真行寺の様子に笑い、その頬にキスを落とした。


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