+++ 恋はしたけど。 +++
「絶対に行ってやる」
やんちゃな麻生に乗せられて、あんなに迷っていたのが嘘のようにあっさりと行く決断をした。
そして告白してしまおうだなんて、我ながらずいぶん飛躍した思考だとは思うが、グズグズ悩んでいた二ヶ月間に比べれば今はなんだか心が軽い。
このまま何もしなければ、自分と三洲の関係はこれ以上にもこれ以下にも、きっと変わることはないのだ。
―――もっと知りたい。もっと話したい。
そして願わくば、三洲にとって「先輩」以上の存在になりたいのだと、俺は切実に思っていた。
遥々足を運んだ祠堂学院の文化祭。
あちこちで昔の同級生や後輩に声をかけられ、俺自身もゆっくりと展示を見て回る余裕などなかったのだが、それでも三洲を探してあちこち歩いた。
そんな中で、真行寺はずっと三洲に分不相応な片思いをしているのだと、そんな噂話を聞いた。
―――片思い…?
本当にそうなのだろうか。みんなは真行寺が勝手に三洲にまとわり付いているだけでちっとも相手にされていないと言うが、自分の見た三洲は、確かに真行寺に対して特別な感情を見せていたのだ。
それにしても、真行寺は三洲を好きなのだろうと、あのときの雰囲気でわかってはいたが、こうしてハッキリとそれを聞かされると余計に複雑な気分になる。自分とはライバルということなのだから。
あのとき泣いていた、ただの頼りなさげな少年が、あれから二年半経った今こんなにも自分の心をかき乱す存在になろうとは。
そしてライバルの偵察とばかりに観に行った対抗劇は、更に俺を動揺させることとなった。
女子にも男子にも圧倒的な人気だった真行寺。あいつが自分のライバルなのかと思うと、なんとも言いがたい感情が心の中に湧いてくる。
三洲はあんなに輝いたあいつを見ても、本当に心を奪われることはないのだろうか。
「所有物」以上にしたいと、思ったりはしないのだろうか……。
ようやく多忙な生徒会長の三洲を捕まえられたのは、そんなことをつらつらと考えながらひとりあてもなく校内を歩いていたときだった。
「三洲!」
いつも人に囲まれている三洲が珍しくひとりで、人混みをかき分けるように颯爽と歩いていた。
その表情がいつになく険しいことに気付いたのは声をかけたあとだったが、三洲は俺に気付くといつもの柔和な笑顔を見せた。
三十分だけ休憩をもらったのだという三洲を、近くの教室で運営されているどこかのクラス主催のカフェに誘った。
三洲は一瞬ためらったようにも見えたが、結局誘いを断ることはなく、今目の前でコーヒーを口にしている。
さすがにこんな大勢の人前で告白する気はないが、せめて次の約束を取り付けておきたい。
「忙しいときに誘って悪かったかな」
「いえ、ちょうど休憩でしたから。どこで休もうかと考えてたところですよ」
そうして相変わらず優等生な対応の三洲は、一通り音楽鑑賞会の礼を述べる。
そこにいるのは、今までよく知った三洲そのものなのだが、そんな対応を期待していたのではない。そんな会話を望んでいたのではない。
でも、だからと言ってどうすれば違った三洲を引き出せるのか……次へと続く言葉を考えてふと会話が途切れたとき、隣の女子高生たちの会話が耳に入ってきた。
「やっぱり真行寺くん、カッコ良かったね!」
「去年の王子様も良かったけど、今年の御門もすごかったよね〜」
「ユイ、やっぱコクッちゃいなよ」
なぜだかドキリとしてユイ、と呼ばれた子に目を向けると、ほのかに頬を染めたその女の子は俯いて首を振った。
「無理だよ…」
消え入りそうな声で否定している。
「でも真行寺くんカノジョいないって言ってたよ? ユイ、剣道で顔見知りなんでしょ。しかもうちの学校のミスに選ばれたくらいだもん。イケルって!」
「でも、あんなにカッコ良くて、あんなに人気者で…あんなにいっぱい真行寺くんのこと好きな人がいるんだよ? 私なんかきっと相手にもしてくれないよ…」
不意に「ユイ」の瞳から涙が零れ落ちた。
それ以上見てはいけないような気がしてふと三洲に視線を戻すと、三洲もハッと我に返ったように相楽を見た。
心なしか表情が固い。
お互いに今の話をしっかり聞いていたことは明らかで、なんとなく居心地が悪い。
「聞いちゃ悪かったな」
相楽が言うと、三洲はそれには答えず、
「もう出ましょうか」
言い終わらないうちに席を立った。
いつでも先輩を立てる礼儀正しい三洲が、返事も聞かずにこんな行動を取るところなんて初めて見た気がする。
三洲に思いを寄せる真行寺。三洲の「所有物」であるという真行寺。
自分が真行寺の存在に心を乱されるように、真行寺の存在で三洲への想いに気付かされたように、三洲も今の彼女の真剣な想いを目の当たりにして、なにか思うことがあったのだろうか。
「もう戻るのか、三洲?」
「すみません。このあと体育祭の準備とか、やることが山程残ってますし」
つい今しがたの固い表情は消え、またいつもの笑顔に戻っている。
あの表情が見間違いであったのかと思えるほどだ。
―――上手に嘘をつけるんだな、三洲。
「忙しいのはわかってるのに、悪かったな」
「そんなことはないですよ。お会いできて嬉しかったです」
「また電話するよ」
「ええ、お待ちしてます」
「じゃあ、元気でがんばれよ」
自分から別れを告げた。
「はい。先輩もお元気で」
今となっては社交辞令にも聞こえるそんな言葉を聞きながら、俺は軽く手を上げ三洲の元を去った。
―――また電話するよ。
それこそ社交辞令だ。
たぶんもう、余程の用がない限り、俺から三洲へ電話することはないだろう。
わかったのだ。……わかってしまったのだ。
三洲の心に自分の入り込む余地などないのだと。
あんな一瞬の表情で、いつもと違うちょっとした行動で、それだけでも三洲の心が見えた気がした。
今まで自分が見てきた三洲がどれほど繕われたものだったのかと思うと胸が痛い。
でもせめて、一緒に祠堂での時間を過ごしたときの、自分に注がれていたあの視線だけは偽りでなかったと思いたい。
なんでこんなときになって気付いてしまったんだろう。
我ながら、情けなくて笑えてくる。
気付かなければ良かった。気付けなければきっと、俺は予定通り自分の気持ちを伝えていたことだろう。
そうすれば、たとえ振られようとも気持ちにケジメはついたはずだ。
でもそれはきっと、相手に迷惑をかけるだけの自己満足にしかならないのだろう。
もしも自分が想いを伝えれば、三洲はきっと困ることになる。自分のために三洲が困ってくれることがあるのなら、それも嬉しい気がするが、でもやはり、ただでさえ受験を控えて多忙な三洲の負担になるようなことはしたくないとも思った。
「今夜はパーッとバカ騒ぎでもするか」
ひとりごちて気分を変える努力をしてみる。
もちろん、酒なんかでこの想いが浄化されるとは思っていないが。
きっと長いことこの気持ちを引きずっていくことになるのだとは思うが。
もしもふたりがうまくいっても祝福する気持ちになど到底なれそうにはないが、でもせめて三洲には自分と同じ想いをしないよう、「今」を大切にして欲しいと、心から願っている。
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