+++ 今日は朝まで +++
眠れない………。
身体に篭った熱を持て余しながら、俺は何度目かの寝返りを打った。
目の前には子供のようにあどけない表情でスヤスヤと眠る真行寺。
まったくこいつは…いったい何をしに来たんだよ!
久しぶりに会った週末。たまには朝まで一緒に過ごすのも悪くないかな、と思っていた。
それなのにこいつと来たら…。
ベッドに入った途端にバタンといってくれたのならまだ許せただろう。こいつの部活が今ハードなのは重々承知しているし、俺だって疲れているのだ。そのまま一緒に朝までぐっすり、だって良かったのだ。
だけど、さんざん火を点けておいて途中でひとりだけグッスリってのはなんなんだ。
―――腹が立つ。本当に腹が立つ。
バコッ!
真行寺の幸せそうな寝顔に一発こぶしをお見舞いした。
………起きない。
んぁ〜と寝惚けた声を出して虫を払うように手をぶんぶん振り回しただけで、まったく起きる気配がない。
殴られても起きないってのは寝穢いにも程がある。
許せん…。なんだって俺がこんな想いをしなきゃいけないんだ。今すぐに出て行け!!
やり場のない怒りを発散させるべく、今度は蹴りを入れた。ドカドカと容赦なく蹴り続けると、わずかに身じろぎしてベッドの端へ寄る。
そのまま落ちろ! 渾身の力を込めて真行寺をベッドから落とすことに没頭していると闇の中でいきなりパッチリと目が開いた。
「あ…れ…? もしかして寝てた?」
「―――思いっきりな」
「ごめんね」
謝罪の言葉とは裏腹なヘラッとした笑顔に益々怒りがこみ上げる。
「…で、もしかしてお待たせしちゃったとか」
「何を待つんだよ。寝るなら帰って寝ろ!」
ボカッ!
布団の中でわき腹にもう一発蹴りを食らわせた。
「ってぇ〜。や、でもそれはちょっと寂しくありません? 今日はせっかくゆっくりできるのに」
だからそのゆっくりできるはずの時間を少なくしたのはお前なんだよ!
ああ、あまりの怒りに言葉が出ない。口唇がわなわなと震えるのがわかって、ふいっと顔を背けた。
「…わかりました。じゃあ帰りますよ。帰ればいいんでしょ」
拗ねた口調で言いながら、でも帰るそぶりを見せるどころか真行寺の腕が俺を包み込む。わずかに鼓動が跳ねる。
「ね、おやすみのチューだけさせて?」
耳元で囁かれ、全身を甘い痺れが駆け抜ける。と同時にグイッと顎を掴まれ、口唇が触れ合った。そっと掠めては離れる軽いキスを何度も繰り返す。だけどそんなお遊びみたいなキスでも、今の俺に火を点けるのには十分で。
こんなんじゃ物足りない。もっと深く。もっと激しく…。全身が騒ぎ出す。それでも俺は自分から仕掛けることなど出来ずに怒ったふりを続ける。
いつしか触れ合うだけのキスにのめり込んでいた俺は、パジャマのボタンが外されているのにさえ気付いていなかった。
真行寺の口唇が顎を辿り、そのまま首筋を撫でて胸へと下りていく。
「んっ…。おい、なにしてるんだよ」
「だからおやすみのチュー」
「どこに!」
「いたるところに」
「なんで!」
「したいから」
「俺はしたくない」
「ね、今日はゆっくりおやすみのチューしようよ」
「しない」
「でもさ…アラタさんだってこのままじゃ眠れないデショ?」
唐突に、既にしっかり主張している中心部をやんわりと撫でられた。
「…ぁっ」
つい漏れてしまった声に真行寺が柔らかく微笑む。
あんなキスくらいでもう動揺している俺に比べて余裕たっぷりといった真行寺の表情が悔しい。…悔しいけど、どこまでも優しく俺に注がれる眼差しに心の隅まで絡め取られる。
「ね、いい?」
「勝手にしろ」
精一杯の虚勢は、掠れてしまった声のせいですべてこいつに伝わってしまっただろう。
でももうなんでもいい。早くこの熱をどうにかしてくれ―――。
嬉しそうに笑みを浮かべた真行寺が俺に覆いかぶさる。まだ寝惚けているのか動作が緩慢だ。
いつもならなにかに追い立てられるようにせわしなく動き回る手が、胸の突起をそうっと撫で上げる。
「ぁ……」
ずっと待っていた感触に思わず吐息が漏れた。
ゆっくりとゆっくりと身体中を這い回る舌と手のひら。もどかしいほどの静かな愛撫に篭った熱が発散されないままじわじわと蓄積されていく。
もっと……。もっと刺激が欲しくて煽るように広い背中をかき抱く。
俺の胸に埋めていた顔をわずかに上げ、上目遣いに見るその眼差しがやけに扇情的で、見ていられなくて目を閉じた。
いつからこんな目をするようになったんだろう。いつのまに俺が煽られるほうになってしまったんだろう。
「もっと、して欲しい? アラタさん…」
「別に…あっ……」
そんなセリフを吐きながら内股をさらりと撫でる。これくらいのことで声が出てしまうなんていつもならあり得ないのに、今日はどうしたって分が悪い。待たされた時間が長かった分、身体が素直に反応してしまう。
じっくりと確実にポイントを突かれ呼吸が乱れる。乱れた呼吸の合間に我慢できずに漏れてしまう声が自分自身を余計に興奮へと導く。
本当に、さっき言った通りにいたるところにキスを落とされ、時に強く吸われ、触れられた場所すべてが熱くなっていく。
「だいすき、アラタさん…」
たったそれだけのいつもの言葉なのに、何故だか今日はその声にすら刺激され、いきり勃ったモノの先からジワリと雫が溢れ出した。
堪らず自ら触れようとした手をやんわりと掴まれ動きを封じられる。
「…あっ…」
ビクビクと震える昂ぶり。溢れた雫がたらりと腹に落ちる感触。
「だめ。自分で触らないでよ」
言いながら真行寺の舌が最奥の蕾へと伸びる。
「はっ…あぁ…あ…」
恥ずかしい場所を容赦なく攻められ、シーツを握り締める手に力がこもる。最奥から内股を辿り少しずつ下りていく舌先。膝裏で旋回を繰り返しまたゆっくりと熱い塊に向かって上ってくる。そして焦らすように蕾にそっと口唇を押し付けては離れていく。
触れられてもいないソレはすでに限界を訴えている。双球を口に含まれひくつく蕾に指先が挿入された瞬間、あまりの快感に全身が硬直した。
「んあっ…あぁっ…!」
自分でも意図しないあられもない声が出て一瞬ビクリとする。
「すっごい感じてる…」
骨ばった指が少しずつ奥へと沈められ、ポイントを掠めながらゆるゆると動き出す。かつてない程の放出欲。ほんの少しでも触れればすぐにでもイケそうなのに、こいつの前で自分でそれをするのにはプライドが邪魔をする。まだそのくらいの理性は残っている。そのせいで自らを追い詰めているのはわかっているけど…。
ひとりでに腰が揺れる。とめどなく漏れてしまう声はもう抑えきれない。早く達してしまいたい。でも直接的な刺激なしにはイクにもイケず言いようのない切なさだけが募っていく。
「焦らすなよっ……」
理性のタガが外れかけ、思わずねだるような言葉を口にした瞬間、ずっと放置されていた昂ぶりに指を絡められた。
「アッ…! ああっ…」
言い知れぬ安堵にも似た感覚と背筋を突き抜ける快感でどうにかなりそうだ。
「ああ…はっ…あ・あ……」
ゆっくりと上下する真行寺の手。
もう少し…。もう少しで開放される…。
すっかり快楽に溺れる中、真行寺の硬く大きなモノが挿入された。わずかな痛みとやっと繋がれた安心感。涙がこめかみを伝うのがわかった。
それまでのゆっくりとした動作が突然激しい動きに変わる。正確にポイントを突かれ、激しく腰を揺さぶられ、頭の中が真っ白になる。
もう自分がどんな声を出しているのかもわからなかった。理性もプライドも投げ捨てて、快楽にだけ身を委ねて…。
「はあっ! ん…アァ…ッ!!」
一際深く繋がったとき、眩しい光に包まれて、そこで意識が途切れた―――。
「…アラタさん…」
朦朧とした意識の中に心配そうな真行寺の声が耳に届く。
心地良さに身を任せふわふわと夢と現を彷徨う。
「アラタさん…ねぇ、大丈夫?」
…ダメなわけじゃないけど。
大丈夫だなんて言ってやらない。
散々待たされた挙句、こんな醜態を晒してるんだ。もう少し心配しておけよ。
「…ごめんね」
謝る必要なんかないのに。
「ごめんなさい…」
少しずつ掠れていく声にハッとして目を開けた。
「ばか」
笑い混じりに言うと途端に目元がほころぶ。
啄ばむようなキスを落として微笑む。
「良かった…」
その笑顔と囁いた声が心地よくて、俺はもう一度目を閉じた。
「眠いの?」
「ん…」
「じゃあなんか着ないと…」
「んー…」
そう言われても、今は動くのも億劫だ。
「俺としてはこのままの姿を見てたいけど、それじゃアラタさん風邪ひいちゃうもんね」
真行寺が脱ぎ散らかされたパジャマをゴソゴソとかき集め、ぐったりと横たわった俺の背に腕を回す。
今は抵抗する気力もないから好きにさせておいてやるよ…。
身体も心も無防備なまま、また甘い余韻の淵へと導かれていく。
「もう行くね」
わずかに残る意識の中でそう言って立ち上がる気配を感じた。
そうじゃないだろ…。
重たい瞼をなんとか開けてぎゅっと真行寺のシャツの裾を掴んだ。
「え…?」
まだ力の入らない腕でグイッと引っ張ってみる。
「アラタさん…。俺、一度寝ちゃったら朝まで起きないよ?」
シャツを離して、少しだけ体をずらし、ギリギリひとり分のスペースを開ける。
モゾモゾと隣に潜り込んでくるのを確認してから、寝返りを打って背を向けた。
後ろからゆるく腕が回される。
「…大好き、アラタさん…」
囁かれた耳元がくすぐったい。
答えない代わりに逞しい腕に顔を埋めた。
伝わる体温。流れ込む想い。蕩けそうな心。
たまにはこのまま眠りにつくのも悪くない。
だから、今日は朝まで………。
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