「一週間」
「…え?」
「一週間だけ、待ってるよ」
「先輩?」
「今は流されてるだけだろ、三洲」
「…よくわかりません」
「一週間経って、もしまだ俺を必要と思うなら、そうしたら、な」
「――はい」
抱き寄せられ、口唇が触れ合う。温かい舌が口膣をかき回す。
「んっ…あ…」
覚えたばかりの快感に、身体が震えた。
――そうしたら…そうしたらこの人は、俺を救ってくれるのだろうか。
+++ 溺れる +++
「おい、三洲にはあんまり飲ませるなよ」
「まーたそうやって、相楽は三洲のことになるとウルサイんだから」
「もう少しくらいなら飲めるよな、三洲」
「あ、はい。ちょっとなら…」
「だーめだって」
生徒会の歓送迎会。新旧役員が集まる寮の一室で、三洲はいつものように、これで四期務めた生徒会長の任を降りた相楽先輩の隣に座り、先輩たちに囲まれていた。
「あーあ。こんなに赤くなっちゃって。もう帰るか?」
相楽先輩の大きな手が三洲の頬に触れる。
「いえ…」
三洲は困ったように俯いて小さく答えた。
「俺が部屋まで送ってやるから。これ以上こいつらに付き合ってたらつぶされるぞ」
「でも」
「いいから。ほら、立てよ」
自ら立ち上がり、半ば強引に相楽先輩が三洲の腕を引く。
「あ…」
いきなり引かれてバランスを崩した三洲が、先輩の胸の中へ倒れこんだ。
「ほぉら、やっぱり。フラついてるじゃないか」
――酔ってなくてもあんなふうにされちゃふらつくのは当たり前だろ。
三洲をしっかりと抱きとめた相楽先輩が、三洲の背中をポンポンとあやすように叩く様子を、俺は忌々しく眺めていた。
「すみません」
三洲が先輩の胸を軽く押し戻す。
「ムリすることないんだぞ」
心配げに三洲の表情を覗き込む相楽先輩の、三洲を大事に思う気持ちに偽りはないのだろうが、想いを寄せる三洲としては堪ったものではないだろう。
「おいおい、相楽がいなくなってどうするんだよ」
「でも、俺は三洲をだなぁ…」
尚も三洲の肩を抱き離そうとしない相楽先輩に、いつになく苦しげな表情の三洲に、思わず口を出した。
「先輩、俺が三洲を送っていきますよ」
「ああ、岡嶋」
「俺もそろそろ失礼しようと思ってたんで。任せてください」
「…そうか?」
「ええ、今日は相楽先輩が主役ですからね」
もう一人の主役、新生徒会長の広田はとっくにつぶれてベッドをひとつ独占している。
「じゃあ、なるべく人に見られないようにしろよ」
「わかってますよ。誰かに会ったら、三洲には気分の悪いふりでもしてもらいます」
さすがに消灯後のこの時間に生徒会役員が酔っているところを見られたら問題になるだろう。
「頼んだぞ、岡嶋」
「はい」
ありがたいことに相楽先輩は俺を全面的に信用してくれているらしい。
「じゃあ三洲、行こうか」
「…はい」
一瞬躊躇った三洲は、それでも素直に俺と共にその部屋を出た。
――ホントに三洲は可愛いよなぁ
ドアが閉まる直前に聞こえてきた相楽先輩の言葉を、三洲はどんな気持ちで聞いているのだろう。
「残酷だよな」
「なにがですか?」
「悪気はないんだろうが、あんなふうにされたら、な」
「先輩……」
「あんなにデキる人なのに、自分の周辺の恋愛には疎いのか、それともわざとなのか…」
「わざとそんなことをするような人じゃありません」
「庇うんだ?」
「………」
俺の言葉に黙りこんだ三洲は、繕うことのない不機嫌な表情を見せた。
誰が見てもあからさまに酔った三洲をこのまま帰すわけにはいかない。…というのは口実かもしれないが。
「少し酔いを醒ましてから戻れよ」
俺は自室のドアを開けた。
「でも、同室の方は?」
「ああ、今日は戻らないから大丈夫」
案の定、無人の室内へ三洲を促す。
類は友を呼ぶとでも言うのだろうか。都合のいいことに、同室者も俺と同様、相当の遊び人だ。飲み会のあとは誰を連れ込むかわからないからと、暗黙の了解で互いに部屋を空けるのが習慣になっていた。
今日は特に念入りに飲み会だということを強調しておいたから、察しのよい同室者がこの時間に部屋にいるはずはないのだ。
もっとも、連れ込む相手に多少誤算があったのだが。
「今日は楽しかったか?」
「はい」
ベッドに座らせて水を一杯。まずは三洲の警戒心を解くことから始める。
「一年生はひとりで大変かもしれないが、一緒にがんばろうな」
「ありがとうございます」
「あの相楽先輩のあとを継ぐ広田も大変だろうけどな。できるだけフォローしていこうぜ」
「俺にできる範囲でやらせてもらいます」
そつのない返答。酔ってはいても理性は失わない。こいつを取り乱せるのは彼の話題しかないんだろうな。
「期待してるよ。なにしろ三洲は相楽先輩のお墨付きだもんなあ」
わざとその人の名を出してみる。
「そんなんじゃないですよ」
さすがにこれだけじゃ表情も変えないか。
「でも、あの人にあれだけ可愛がられるってだけで大したもんだよ」
「別に特別可愛がってもらってるわけじゃ…」
「特別だろ、どう見ても。それに三洲から見ても先輩は特別、と」
「…やめてください」
意地悪く顔を覗き込んだ俺を避けるように三洲が立ち上がる。と、その拍子にヘッドボードに置いたコップが倒れ、飲み残した水が三洲にかかった。
「あ…すみません」
「大丈夫か?」
「ただの水ですから。すぐに乾きます」
「着替え貸してやるからシャワー浴びてこいよ」
「いいですよ、部屋に戻ります」
「まだ酔ってるだろう? 生徒会役員がそんな状態で廊下をウロウロしてるのを見られたらマズいんだよ、三洲」
三洲だって自分の状況がマズいことは承知しているはずだ。そこまで言えば頑なに帰るとは言えないだろうと計算していた。案の定三洲は真意を確かめるように俺を見つめると、仕方なさそうに肩をすくめた。
「…わかりました。シャワー、お借りします」
三洲の消えたバスルームを見つめ、今夜の展開を思案する。
あれからちょうど一週間。どこで顔を合わせても、まるでなにもなかったかのように振舞っていた三洲。
あのとき俺の腕の中で泣きじゃくっていた子供のような三洲からは想像できない完璧さで、難なく選挙にも勝利した。
このアンバランスさが俺の食指を刺激する。
さて、今日はどこまで進めるか…。
新しい相手を完全にモノにするまでのこの駆け引きが、俺は堪らなく好きなのだ。
「よお」
一緒にシャワーを浴びるべくバスルームの扉を開けると、三洲は無防備にその裸体を晒してシャワーで泡を洗い流しているところだった。
「先輩…」
三洲が驚いたように慌てて背を向ける。
初めて見る三洲の身体は、スタイルこそ良いものの、まだどことなく幼さを残していた。
「俺も一緒にいいか?」
「俺はもう終わりますから、どうぞ」
シャワーの中から抜け出した三洲を身体で押し戻す。
「まあまあ。逃げるなよ」
「逃げてなんていませんよ」
ふいに顔にかかったシャワーを避けるように顔を背ける。俺はその顎を掴んで無理やり向き直らせた。
「一週間経ったぜ」
「………」
三洲が無言で見つめ返す。
「どうする、三洲?」
「どうって…」
「こないだの答え、聞かせろよ」
降りしきるシャワーの下、三洲を抱きすくめる。
「あっ…」
「俺が必要?」
答えを聞く前に口唇を重ねた。閉じた口唇に舌を這わせると、三洲は抵抗することなくそれを迎え入れた。
この間はこんなことさえも慣れない様子だったのに、少しは成長したじゃないか。
すかさず舌を絡めると三洲のそれもおずおずと動き始めた。決して上手とは言えないその動きに、三洲の必死さが伝わってくる。三洲の腕が俺の腰に回る。
「ふう…ん…」
ただでさえ息をつく間もないほどの激しいキスに、追い討ちをかけるように三洲の顔に勢いよく降り注ぐシャワー。苦しいのか、時折口の端から甘い吐息を漏らしながら必死でしがみついてくる。
そっと口唇を離し、でも顔の位置はそのままに問いかけた。
「なあ、この一週間、俺のこと少しは思い出したか?」
「はあ…あ…」
やっと開放されて大きく息を吸い込んだ三洲の頬が紅く染まる。
一週間、猶予を与えたのは決して優しさからなんかじゃない。それだけの時間があれば、絶対にあの快感を思い出す。
「気持ち良かったんだろ? またしたいとか、思わなかった?」
「別に……」
そんなはずはない。初めての快感は、思い出すたび、きっとその身体を熱くさせたことだろう。
俯いた三洲に尚も畳み掛けるように言った。
「思い出して、ココ、疼いただろ、三洲…」
「ぁっ…」
すでに上を向いた三洲のそれをそっと撫で上げる。
あまり間を置き過ぎても感触が薄れるか、他のヤツに走るのがオチだ。
一週間というのは、思い出して、堪らなくなる、丁度よい期間だったはずだ。
「今も、もうこんなになってる。まだキスしかしてないぜ。正直に言えよ」
ゆるゆると扱くと、三洲はビクッと身体を硬直させ、でも俺の問いには頑なに首を横に振った。
「ま、いいけどな。だったら思い出させるまでだ」
言い終わらないうちにその熱くなった塊を強く握り締めた。
「ああ…ん…」
その行為を待ち望んでいたかのように甘い溜息が漏れる。
片手でソレを弄びながら、空いた手で胸の突起に触れると、三洲はくすぐったそうに身を捩った。未開発のそこは三洲にとってはまだ快感にはならないらしい。…面白いな。このくらいのほうが仕込み甲斐があるというものだ。
俺が手を上下させるたびに吐き出される熱い息。酒のせいで歯止めが利かないのかもしれない。今夜の三洲は、その色っぽい声を存分に聞かせてくれそうだ。
「あっ…ぁっ……」
ほどなくそれははち切れんばかりに重量を増し、三洲の膝がガクガクと震え出す。
俺は跪いて三洲のモノに舌を這わせた。
「やっ…ぁ……」
「ヤじゃないだろ。ホントはこれを待ってたくせに…」
「そんなこと…あぁ…ん…」
形ばかりの反論は、すぐに甘い吐息に変わった。
先端を舌で転がしながら幹をしごくと途端に雫が溢れ出した。三洲の息も荒くなる。
「はっ…はあっ…」
グッと奥まで飲み込んで舌を絡め、一気に引き抜く。
「いや…あ…」
今度はゆっくりと舌を這わせながら吸い込んで、双球に手を伸ばす。
「んっ…ううん……も、やめ…」
「やめていいのか?」
今にも達しそうな三洲に敢えてインターバルを置くことにした。今日は三洲だけをイかしてやるつもりはない。
「…先輩…」
こらえ切れない欲望ゆえの切ない囁きに俺の背筋にもゾクリと快感が走った。
三洲の手を取り俺の熱い塊に導く。それだけで三洲は俺が何を望んでいるのかを理解したのか、綺麗な指を絡めゆるゆると動かし始めた。その動きに合わせて俺も三洲のモノを扱く。
「んん…」
ふたり同じリズムで手を動かしていると、まるで自分のモノに触れているような錯覚に襲われる。きっと三洲も同じような感覚に陥っていることだろう。
「は…ぁ…」
紅く染まったその口唇から漏れた吐息ごとキスで奪った。
舌先を忍ばせてはすぐに離す、その焦らすような行為に、三洲は堪り兼ねたのか自ら舌を絡めてきた。俺もそれに応戦するように深く口付けると、三洲の腰が妖しく揺らめき始める。
次第に三洲の手の動きが激しくなる。つられて俺もピッチを上げそうになったが、まだ早い。今日はそんなに簡単にはイかせない。俺は敢えてゆっくりとしたリズムを保った。
「あ…あ……」
それまでは自分の動きに合わせて動いていた俺の手が、急に思い通りにならなくなったことに、三洲は困惑の表情で俺を見上げた。
「どうした…?」
三洲は小さく首を横に振ると、俺の胸に顔を埋めた。
小刻みに震える身体。立っているのもままならないのか、俺に体重を預け、それでも必死で俺のモノを扱いてる。まるでそうすることで自分を快感に導くように。
「アッ…ああっ…!」
荒い息と共に吐き出される嬌声が次第に高くなり、狭いバスルームに反響する。
「あ…もうっ……ヤ・だ…っ!」
いくら扱いても達せないもどかしさに、三洲は半ばパニック状態のようだ。
ムキになって手を上下させている。あまりにも激しい動きに、俺も限界が近づいてきた。
「あぁ…ん…もっ・やっ…」
聞いたこともない、殆ど涙声になった震える声で三洲が訴える。そろそろ開放してやるか…。
「俺が必要?」
ゆっくりとしたリズムは崩さず、スッと先端を撫でながら耳元に囁いた。
「うぅ…んっ……」
途端に三洲の腰がビクンと震える。
「必要なんだろ?」
今日何度目かの問い掛けに、ついに三洲は頷いた。何度も何度も、まるで溺れた者が藁にすがるかのような表情で…。
「好きだよ、三洲」
俺は三洲が完全にこの手に堕ちたことに満足し、偽りの言葉を囁きながら一気に扱き上げた。
「あああ…ッ!」
俺のモノを掴んだ指に力がこもる。
「う…ああっ…んっ…!!」
達した途端、俺の足元に倒れこんだ三洲の背中に、俺も白濁の液を飛び散らせた。
出しっぱなしのシャワーがそれを洗い流す様を、俺は達成感とともに、なぜだかスッキリしない気分で眺めていた。
「大丈夫か、三洲?」
「はい…」
やっと顔を上げた三洲をそっと引き上げる。
「なあ、三洲。さっきの本当か?」
「さっき?」
「頷いただろう。あれは、その場しのぎ?」
「…違います」
「ふぅん…。じゃあ本当に、いいんだな? 俺はあの人にはなれないんだぞ?」
「わかってます」
「本当に?」
「…本当に…俺には先輩が…岡嶋先輩が、必要、です」
言った途端に零れ落ちた涙があとからあとから頬を伝う。
静かに震える華奢な肩が、本当の想いを口にできない三洲が、痛々しくてそっと抱き寄せた。
「じゃあ、もう泣くなよ…」
それはもう偽りなんかじゃない、純粋に口をついた言葉だった。
いったいあの人は、三洲をどうしたいというのだろうか。
ここまで思い詰めるほどの気持ちに本当に気付いていないというのなら、俺は「伝説の男」なんて称号は認めない。気付いていて、それでもあんな態度を取っているのなら尚更のこと。
他人のために腹を立てるなんて、ましてや男のために腹を立てるなんてまったくもって俺らしくない。
広田を落とすまでの繋ぎとして、ほんの遊びのつもりで誘っただけなのに、このとき俺は、心から三洲を愛おしく思っていた。
―――溺れているのは三洲なのか、それとも俺のほうなのか。
わからないままに俺たちの関係は始まった。
fin