+++ 堕ちる +++
来週に生徒会選挙を控え、関係者は皆忙しくしているときだった。
俺は次期役員を目指し、選挙の為に奔走中である。
その日も遅くまで選挙関係のあれこれを片付け、閉まる直前の学食でようやくありついた夕食を摂っている最中、大事な仕事をやり残してきたことに気付いた。
ひとりでやったらいったい何時までかかるのか…誰か知り合いはいないかと、閑散とした学食の中を見渡すと、遠くに見慣れた薄茶色の髪を発見した。後姿が少し寂しげに見えるのは俺の気のせいか?
食べかけの食事をそのままトレーごと下げ、その後姿に声をかける。
「よお、三洲。ずいぶん遅い食事だな」
「あ、こんばんは。ついさっきまで先輩に引きずり回されてましたから」
ひきずり回されていたという割には疲れを感じさせない柔和な笑顔で三洲が答える。
「そうか。お前も大変だよなぁ、あの生徒会長に気に入られちゃ休む暇もないだろ」
「そんなことないですよ」
「で、その先輩はどうしたんだ?」
「まだ用事があるってどこかに行きました」
「ふーん。散々引っ張り回された挙句においてけぼりとはヒドイな」
俺のその言葉に三洲は少しだけ眉を寄せ、でもすぐに取り繕うように笑顔を見せた。
「そんなふうに思ってませんけど…。忙しい人ですからね。先輩に用事でしたか?」
「いや、どちらかと言えば三洲に用事だな。少し手伝って欲しいことがあるんだ」
「いいですよ」
「じゃあちょっと生徒会室まで、いいかな」
「わかりました」
今度の選挙で一年生で唯一当選確実と言われている三洲。入学早々、ずいぶん早いうちから生徒会室に出入りしていた。いつも笑顔を絶やさず、遅くまで仕事をしても文句ひとつ言わない三洲が先輩たちに可愛がられ、同級生に慕われるのは当然だろう。
だけど俺にはわかる。決してこいつが可愛いだけの人間じゃないことが。笑顔の下に隠された真実がなんなのかはわからないが、表に現れている部分だけがこいつの本性ではないはずだ。
その証拠に、言い寄る輩は多いのに誰の手にも堕ちない。しかも後腐れのない対応で見事にかわしている。たった15歳のヤツの立ち回りとは思えない完璧さだ。
それを皆人柄のせいだとか天然の性質だとか思っているようだが、本当は違うだろう?
もっとも、そんなことに俺が気付いたのは、偶然に見てしまった、"アメリカからの留学生"へ向けられた強い視線にあるのだが。
以前から堕とし甲斐がありそうな奴だとは思っていた。でもいつも偉大なる先輩の影がチラついて手が出し辛い。
しかしそんな相手にこそ食指が動くのが俺の悪い癖なのだ。わかってはいるのだが、珍しくふたりきりになれたこの状況に思わず笑みが零れた。
すっかり日の落ちた薄暗い廊下。いくつかの会議室を通り過ぎ、他愛もない会話をしながらふたりで生徒会室に向かう。
生徒会室の明かりはすでに落とされていた。当然誰もいないだろうと預かっていた鍵を差し込もうと手を伸ばした瞬間。
『…あぁっ…ぁ…』
森閑とした第一校舎に響いた声。俺にとっては聞き慣れた、一瞬でそれとわかる甘い声に俺は動きを止め振り返った。三洲は硬い表情で俺を見上げていた。
『やっ…もう…センパイ…!』
その声に三洲がギクリと身体を硬直させる。
「行くぞ」
小声で囁き、三洲の腕を引いて今来た道を引き返した。
「どうした…?」
俺は足を止め、黙って手を引かれたままの三洲に声をかけた。
「…いえ…」
少し蒼ざめて俯き加減に短く答える。どうやら漏れ聞いた情事に思いのほか心を乱されたらしい。
「あんなもん、ここにいれば日常茶飯事だ。気にするなよ」
「はい」
「らしくないな」
「俺だって慣れないことに動揺することくらいあります」
いつもなにがあっても憎らしいほど落ち着き払っているくせに、あんなことくらいで動揺するとはね…。
「それだけか?」
「え?」
三洲が弾かれたように顔を上げる。
「センパイ、が誰だか気になってるんだろう」
「…別に」
もしこいつの動揺を誘ったのだとしたなら、きっとそれは…。
「大丈夫だよ、アノヒトはあんなところではしない」
「誰のことですか?」
「言って欲しいのか?」
「―――いえ、結構です」
三洲は小さく首を振り、自嘲気味な笑顔を浮かべた。
「可愛いな、三洲」
グイときれいなラインの顎を持ち上げ、顔を近付ける。至近距離にある三洲の瞳が驚きに見開かれる。と同時に口唇を重ねた。
きつく閉じた口唇を舌先でこじ開け侵入を試みようとした瞬間、三洲が弱々しく俺の胸を押し返した。
三洲のささやかな抵抗を封じ込めることなど体格差からいってどうということはないが、ここは素直に従ってやることにする。
「…いきなり、なにするんですか」
下から睨んだ視線はでもどこか頼りなげで、冷静さを欠いていることがありありとわかる。こういうことには不慣れということか。これは面白い。
「いいだろう、キスぐらい。初めてな訳でもないんだろ」
「だからって冗談でこういうことするのは好きじゃありませんね」
いつもの柔和な笑みを浮かべたつもりだろうが、少しだけ引き攣った右頬を俺は見逃さなかった。
「へぇ、冗談じゃなければいいんだな? 俺は本気だよ、三洲」
笑い混じりに言って力ずくで三洲を抱き締め、強引に口唇を押し当てる。俺の本気を悟ったのか、三洲が俺の腕から逃れようと必死にもがく。
「やっ…!」
口唇が一瞬離れたときに開いた口から漏れた声。俺はその隙に自分の舌をそこへ捻じ込んだ。
「んん……」
苦しげな吐息が漏れる。絡めた舌が俺を追い出そうと暴れる。その動きを止めようと、三洲の舌を吸いながら舌先で優しく上顎をなぞってやると、次第に三洲の身体から力が抜けていくのがわかった。
飲み下せない唾液が口の端を伝う。息が苦しくなったところで三洲の口を開放し、と同時に股間に手を伸ばした。
「アッ…!」
ふぅん…。あんなに抵抗してたくせにちゃんと感じてるじゃないか。
「なぁ、三洲。お前だってさっきのアノ声聞いて少しは欲情しただろ?」
「そんなこと…」
「そんなこと、ないのか、本当に?」
言いながら膨らみを増した中心部をやんわりと撫で上げる。
「ぁっ…ちょ、やめてください!」
俺を突き離し、慌てて腰を引いた三洲の様子を見て思わず意地悪したくなる。
「やめたらソレ、どうするんだ?」
「どうもしません」
そう言って三洲は俯いてしまった。これは本当に…思っていたより内面は純情らしい。益々面白いじゃないか。
「そんな訳にはいかないだろ? オトコなんだから。ほら、来いよ」
腕を引っ張ってみるが、頑なにその場を動こうとしない。
仕方ないな…でもせっかくチャンスが巡ってきたのだ。ここで逃す手はない。俺は三洲を抱え上げた。お姫さま抱っこというやつだ。
「なにするんですかっ!」
突然の行動にさすがの三洲も声を荒らげる。
「シーッ。誰か来たらマズいだろ。大人しくしてろよ」
「下ろしてください」
「まあまあ。すぐ下ろしてやるから」
抵抗しても逃れられないことがわかったのか、こいつのことだからここで騒ぐのは得策ではないと悟ったのか、三洲は暴れるのをやめ俺の首に手を回した。
三洲を抱えたまま、俺は数歩先のトイレのドアを押した。
一番奥の個室に入って三洲を下ろし、抱き締める。華奢な身体。まだわずかに幼さの残った頬を両手で挟む。三洲は落ち着きを取り戻したのか表情ひとつ変えず冷静な口調で言った。
「こんなところで、なにする気ですか」
今までに聞いたこともないような冷たい声。ほら、やっぱり…。こいつはただの可愛い奴なんかじゃない。そんなところにも余計にそそられる…。
「我慢することないじゃないか。どうせ男同士だ。恥ずかしがることでもないだろ」
「そういう問題じゃありません」
「硬いこと言うなよ。すぐに楽になるから…」
そっと触れるだけのキスを落としただけでビクリと強張るカラダ。いくら虚勢を張っていても、性的行為はどうしたって慣れた者の勝ちだ。
殊更優しくキスを仕掛けながら、その一方で下半身に直接的な刺激を与える。本当ならじっくり身体中を愛撫してやりたいところだが、こういうことに不慣れな相手はとっと快楽に溺れさせてしまうほうが得策だ。場所も場所だしな…。
快楽に浸りきったところで優しいセリフでも吐いてやれば、たいていの奴は勘違いする。
特に三洲のようにいつも頼られる側の人間は、人に奉仕されることに慣れていない。人の手によって愉悦に導かれる感覚は、初めてのことなら尚更のこと、簡単にそれを恋と錯覚することさえできるのだ。
角度を変えながら何度も小さなキスを繰り返し、ゆるゆると勃ちかけたモノを刺激する。初めのうちこそ抵抗を見せていた三洲の頭が俺の肩に押し付けられる。制服越しに触れているだけでソレがみるみる硬くなっていくのがわかった。
「ずっと好きだったよ」
キスの合間に耳元に囁く。三洲の呼吸は既に不規則になっている。
「…嘘、を…言わないで、ください」
「嘘じゃないさ。三洲が俺のことを見てくれなかっただけだ」
「そんな言葉に、騙されるわけ、アッ…!」
しっかり雄の印は反応しているくせにカワイクないことを言うから、ソレを思い切りしごいてやった。面白いほどすぐに声が上がる。
「可愛いよ、三洲。カワイイ…」
三洲の口唇を軽くついばみながら一方の手で耳をくすぐり、空いた手でベルトを外しファスナーを下ろす。
「や…っ」
慌てた様子で俺の手を阻止しようとするが、力が入らないのか、それともタテマエだけなのか、制服のズボンはあっさりと床に落ちた。
下着には小さなシミが出来ている。そっとそのシミをなぞる。
「…くっ…」
押し殺した声が漏れる。このままじゃ気持ち悪いよな。一気に下着を下ろし、露になったソレを握りこんだ。
「あ…っ…」
ゆっくりと上下させただけで先端から先走りが溢れ、膝がガクンと折れた。
「立ってるのツライか?」
俺は三洲の両脇をかかえ、そのまま便座に座らせた。
「…もう…やめてください…」
心細げな目で弱々しく訴える。でもその瞳は甘く潤んで続きを乞うようにも見える。
「じゃあ自分でするか?」
「なっ…!」
「俺の前じゃできないだろ? だったら今は欲望に忠実になっておけよ」
俺は三洲の前に跪き、再び熱い塊に手を伸ばした。
「…は…ぁ…」
溜息のような吐息が漏れる。観念したのか今度は抵抗する気配も見せない。ここまできてほったらかされて辛くない男なんていないよな。つまりここまでくれば肉体的には堕ちたも同然。あとはどうやって心を開かせるかだ。
先端から溢れた液体を塗りこめるようにグリグリと撫で回し刺激を与えると三洲の身体がのけぞった。
「あぁ……」
掠れた声が妙にセクシーだ。もっとこの声を楽しみたい。
慣れた相手になら焦らす戦法も有効だが、そうでないのなら一気に追い詰めるのも悪くない。強い力で幹を握りカリを擦ると三洲の手が俺の肩を掴んだ。
「あっ…あっ…アッ…」
扱くリズムに乗って弾む声が段々切羽詰ったものに変化していく。三洲のモノははちきれんばかりに膨張し、血液の集まった先の部分が赤紫に光っている。
「…もう…先輩、もうっ…」
このままイかせてやってもいいけれど、もう少し快楽を教え込んで確実にコイツをモノにしたい。
俺は下の膨らみに手を伸ばしながら血管の浮き立った幹の部分に舌を這わせた。
「やぁっ…!」
俺の肩を掴んだ手に力が入る。
「初めてか?」
わざと熱い塊に息を吹きかけるように問いながら上目遣いに三洲を見遣ると、おびえたような瞳にうっすらと涙の膜が張っていた。三洲はなにも答えなかったが、その様子を見れば一目瞭然というものだ。
誰だって未知の感触にはビビるよなぁ。だけどすぐにのめり込ませてやるよ。
双球を柔らかく揉みしだきながら舌先は付け根から血管を辿り先端の雫を掬う。そしてまた逆のルートで付け根まで。その行為を何度も繰り返す。
「んん…ん…」
ビクビクと震える内股をそっと撫でてやる。
「あっ…」
今はどこもかしこも感じやすくなっているのだろう。それだけで簡単に声が上がる。
「先輩…」
俺を呼ぶ切なげな声は、だけど更なる刺激をねだる言葉を発することはできないようだ。
こいつの口からそんな言葉を聞いてみたい気もするが、最初から屈辱を味わわせて嫌われては元も子もない。一度モノにしてしまえばこの先いくらでもそんな機会はあるだろうし。これ以上焦らすのは逆効果だな。
俺は一気に三洲の熱い塊を飲み込んだ。
「ああっ…!」
肩に三洲の爪が食い込む。少し痛みを感じつつ、でも一気に昇り詰めさせるべく口唇で強くしごいた。
「やぁ…あ…ダメ、ダメですって…!」
三洲の手が俺の髪を掴み乱暴に引き剥がそうとする。俺は痛みに顔を上げた。
口を離した瞬間パタパタと空を舞う雄の印。上気した頬、潤んだ甘い瞳。もう限界なんだろう?
「いいから。大丈夫だからそのまま出しちゃえよ」
「…でもっ…」
俺はもう一度三洲のモノを口に含んだ。
「んん…」
舌を使いながら頭ごと上下させる。くちゅくちゅといやらしい音が響き渡る。
「あ…や…こわっ…こわ・い…!」
三洲がぎゅっと俺の頭にしがみ付く。俺はいきり勃つものに口唇を這わせながらそっと三洲を盗み見た。…いい表情するよなぁ。
「目を閉じて好きな奴の顔でも思い浮かべてろ」
「な…あっ…」
怖がることなんかない。ただ快感に貪欲になれ。
「あ…ぁっ…センパイ…ッ」
切羽詰った叫びにも似た声。堕ちろよ、この手の中に…。
「せんぱい……さっ……あああっ…!」
その瞬間、俺の喉に熱い液体が放出された。
荒い息を吐き放心状態の三洲の様子に満足しながら一通り後始末をした。
汗のせいで額に張り付いた髪を掻きあげてやると、三洲は俺を憎らしげに見上げた。
でもその瞳には涙が溜まり、それを溢れさせまいと懸命に歯を食いしばっている。目尻をほんのり紅く染め、頬を上気させた三洲はこの上なく色っぽく、壮絶に綺麗だった。
「そんなに好きか」
僅かに瞳が見開かれる。
「無意識に名前を呼びかけてたよ、三洲。好きな人を思い浮かべれば気持ちよかっただろ?」
戸惑うように視線が逸らされる。
「でもな、片想いなんて不毛なだけだぞ」
言った途端、瞬きと共に耐え切れずに零れ落ちた涙を優しく指で掬った。
「三洲…。ひとりで苦しまなくてもいいんだよ」
俺はこれ以上ないくらい優しい声を作り三洲の肩にそっと手をかけた。もちろん計算ずくの行動だ。俺にとってはターゲットを手に入れる為に偽りの言葉を吐くことなど朝飯前だった。それに、どうせ男同士で本気で恋愛なんてできるはずがないのだ。
「こんな閉鎖されたところにいるんだ。楽しみ方を教えてやるよ」
俺が差し出した手を、三洲はしばらくの間じっと見つめ、そして躊躇いを感じさせるゆっくりとした動作で自分の手を重ねた。
―――こんなにあっさり堕ちるとはな。今までそれだけ辛い想いをしていたのだろう。男を本気で好きになる気持ちなんて、きっと俺には一生わからないけど。
それにしてもこいつが相手ならもう少し駆け引きを楽しめるかと思ったんだが。いくら冷静を装っていても、まだたかが一年生。俺の相手としてはちょっと物足りない。
でも、そうだな。あいつを堕とすまでの間くらいは可愛がってやろうじゃないか。
次期生徒会長確実な『孤高の人』とまで言われているあいつを堕とすのは、今現在俺の最大の楽しみなんだ。その為に似合いもしないお堅い生徒会の会計なんかに立候補したんだから。
もっとも現生徒会長に知られたらただでは済まされないだろうが。まあ、俺はそんなヘマをするつもりはない。
「俺になら、いくらでも甘えていいからな」
引き寄せた身体をすっかり俺に預け、堰を切ったように泣き出した三洲の髪を梳きながら、俺は次に抱くであろうあの男に想いを馳せていた。
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