+++ 最後の夏 +++
はあ…あ…ぁ…
ポタリ、と真行寺の顎を伝った汗が俺の額に落ちる。まだ整わない呼吸のまま、真行寺が濡れた俺の前髪を掻き揚げる。
「汗かいちゃったね」
「ああ」
エアコンをかけてもうずいぶん時間が経つというのに、でも、このベッドの上だけは暑くて。
でも、身体も心も熱くて、重なり合うベタついた肌でさえ、今は不快に感じない。
真行寺の匂いの染み込んだこのベッドの上で、全てを包み込まれているような感覚に、なにも考えずにただずっと抱き締めあっていたいなんて、そんなふうに思うのは意図せず『最後の夏』なんて言葉を口にしてしまった感傷からだろうか。
「シャワー浴びますか?」
「いいのか?」
すっかり汗ばんでしまった身体。さすがにこのまま洋服に手を通すのは躊躇われる。
「まだ親、当分帰ってこないと思うし」
「お前は?」
「あ、俺もあとから…」
しかしここは仮にも真行寺の家だ。勝手に、という訳ではないが、なんとなく他人の家の風呂をひとりで先に使うのは気が引ける。かと言って真行寺に先に使ってもらおうとしても、こいつはそれを許さないだろうし、もしそうなったとしても、真行寺の入浴を待つ時間が無駄だ。
「……一緒に来いよ」
「へっ?」
「一緒に浴びれば余計な時間が省けるだろ。そのほうが合理的だ」
俺には早く帰ってやらなければいけないノルマが山ほど待っているのだ。
「そりゃそうだけど…」
なにか勘違いしそうな真行寺に、
「シャワーするだけだぞ」
釘を刺しながら勝手知ったる家の中、バスルームへ向かう。
「わかってますよぉ」
心なしかがっかりした声で言いながら、真行寺は俺のあとをついてきた。
「ねえ、なんで今日はそんなに優しいの?」
先に汗を流した俺に、泡立てたスポンジを手渡しながら真行寺が聞く。
「別に優しくしているつもりはないけどな」
「でも…」
「なんだよ」
優しくしているつもりはないけれど、確かに今日はいつもと違う自分を感じている。
俺から誘った「デート」は結局食事をしただけでほぼ真行寺の家に直行という形になってしまった。きっとこいつなりに予定を立てていただろうに。
約束どおりあのときのシャツを着てきた真行寺。部屋に入ってすぐに俺はそのボタンに手を掛けた。
それが目的だった訳ではなかったけれど、久しぶりに会って広い家にふたりきり。自然にとった俺の行動に、真行寺は困惑していた。
「背中流しましょうか?」
自分もシャワーを浴びて、俺が身体を洗うのを後ろで突っ立って眺めていた真行寺が、唐突に言った。
「自分でやるからいい」
「でも、届かないでしょ?」
意気揚々と俺の手からスポンジを奪い取る。
――こいつ…。やっぱりいらぬことを考えてるな。
ゆるりゆるりと背中を這うスポンジの感触に思わず身を捩る。
「おい、くすぐったいだろ」
「だってキレイな肌だから傷つけちゃいけないと思ってさ」
「ばか、それじゃちゃんと洗えないじゃないか。自分でやったほうがマシだ」
「あ、ごめんなさい! ちゃんと洗うから…!」
今度はゴシゴシと力を込めてスポンジを動かす。人に背中を流してもらうなんて経験は、たぶん記憶にないくらい子供の頃以来で(体育会系の部活に入っていれば合宿等で先輩の背中を流す、なんてこともあるのかもしれないが)これが中々心地よくて、つい無防備に身を任せていた。すると。
「ついでだからこっちも…」
「あっ…」
一通り背中を洗い終えた真行寺の腕が、肩越しに前へ伸びてきて胸の突起を擦る。あまりにも突然で、思わず上がってしまった声に口唇を噛んだ。
明らかに意図を持った動きに身体が疼く。
「気持ちいい? アラタさん…」
耳にかかった熱い囁きに、ビクリと雄が跳ね上がる。
「別に…」
「無理しなくても。バレバレだって」
笑い含みに言いながら背中に自身の熱い塊を押し付けてくる。
確かに、この状態で前を隠すわけにはいかないから、たったこれだけのことで反応してしまったソレの状態はしっかり見られいるわけで……なんだか悔しい。
「そういうお前だって」
反撃してはみるものの、
「俺はアラタさんのためならいつでも臨戦状態だもん」
真行寺はまったく意に介した様子もなく、嬉しそうにそう言った。
スポンジを手放し、たっぷりとボディソープを泡立てた手が勃ち上がりかけたモノに添えられる。
そっと、その先端を手のひらで包み込む。
「んっ…」
そのままゆっくりと上下する真行寺の手。フワフワした感触のもどかしさに思わず吐息が漏れる。
「あ…はぁ…」
次第に泡が消え、ヌルヌルとした感触だけが残る。潤滑剤の役割となったそれは普通に触れるのとも口でされるのとも違う独特の快感を呼び起こす。
「ふ…んっ……」
そしてそのヌルヌル感も消え、直接的な刺激になった頃には、すっかり息も上がり、俺は真行寺の腕に必死でしがみついていた。
「んあ…っ…ぁっ…ちょっと、待て…」
さすがに、もうマズイ。
「なんで? このままイッちゃいなよ」
そう言う間も手を休めない真行寺を見上げ、わずかに残った理性を総動員して思い切り睨みつけた。
「な、なに…?」
調子に乗って俺を弄んでいた真行寺の手がとまり、途端にビビッた顔になる。
ふん、俺ばかりが遊ばれてたまるか。
「今度は俺が洗ってやるよ」
ニッコリと笑って言いながら、
「や、いいっす…」
振り向きざま真行寺の上向いたモノを手にとってみる。
「って、あ…」
さっきまで俺を攻め立てていた強気の姿勢はどこへやら、情けなく眉を寄せる。
「元気だな」
「だって…アラタさんすげぇ気持ちよさそうだったし…」
「ふぅん。じゃあ今度はお前もキモチヨクしてやるよ」
言いながら俺もさっき真行寺がしたのと同じように、ボディソープをたっぷりと手に取り泡立てた。
ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえる。
「ほら、座れよ」
俺は自分が今まで座っていたイスに真行寺を座らせた。
泡を塗り込めるようにそうっと昂ぶりを撫でる。
「ん……」
泡の感触を楽しみながらゆるゆると手を上下させていると、途端に手の中のモノが膨張を始めた。時折真行寺の吐き出す熱い吐息にゾクリとさせられる。
丁寧にソレの隅々までを洗いながら下の膨らみに手を伸ばすと、真行寺が俺の肩をきつく掴んだ。
思わず見上げた真行寺の瞳には欲望が宿り、見ているこちらまで堪らなくなる。
「アラタさん…も、いいよ…」
「まだ足りないだろう?」
言いながらふたつの膨らみをやんわりと揉みしだくと、切なげなため息が漏れた。
「はっ…あ……」
俺の手によって次第に昂ぶっていく真行寺を見ていると、本来男が持っていて当たり前の征服欲が俺の中にも沸々と目覚め始める。
自然に上下する手のスピードが上がる。それと連動するように真行寺の息も上がり、苦しげな、切なげなその表情に、俺の先端からもツーッと雫が滴るのがわかった。
他人のモノを扱きながら、まるで自分のモノをそうしているかのように腰が震える。こうしていると自分のモノには触れてもいないのに、達してしまいそうな感覚に襲われる。
ああ、あと少しで………。
奇妙な快感に酔いしれ、熱くなった自分自身に触れようとしたそのとき、
「あああ、ちょ、ちょっと待って!」
真行寺が俺の肩をいきなり突き放した。
「なんだよ」
「ヤバイから、もう」
言うなり真行寺は立ち上がり、バスタブへドボンと飛び込んだ。
せっかく調子付いてきたところだったのに。俺がお前にこんなことをしてやるなんて、大サービスもいいところなんだぞ。
「それ、沸いてるのか?」
「や、水だけど、ちょっと身体を冷やそうかな〜なんて…」
「冷やさなくてもいいだろ」
「だって…」
「逃げるなよ、真行寺」
たとえ何があっても、俺から逃げるなんて許さない。俺を捨てる資格なんてないんだからな。
「や、逃げてるわけじゃ…」
言い訳をスッパリ無視して、俺もバスタブへ脚を入れた。
「え…あっ…」
火照った身体には心地よくさえ感じる水風呂の中へ腰を沈める。
驚いて目を丸くした真行寺の首に手を回し、口唇を重ねた。
自ら舌を滑り込ませ、口膣をかき回す。
すべてを奪うように激しいキスを繰り返す。
「アラタさん…っ」
切羽詰った声で真行寺が俺の名を呼びきつく抱きすくめた。
それだけで、鼓動が早くなるのを感じた。
広いとは言えないバスタブの中、自然、俺は真行寺の脚の上へ座る形になった。
密着した身体の間でふたりの昂ぶりがぶつかり合う。思わず腰が揺れると、それが更なる刺激を生み堪らなくなった。
俺は真行寺の張り詰めたモノを後ろ手に掴むと、それを自分の蕾へと導いた。
「あっ……アラタさん……」
さっきまで同じモノによって押し広げられていたそこは、僅かな抵抗だけでまたソレを受け入れる。
「…くっ…」
それでも感じる圧迫感に思わず声が漏れる。
「ちょ…無理しないでよ、アラタさん」
「…無理なんて、してない…」
「でも…大丈夫?」
「ん…」
細く息を吐きながら、ゆっくりと腰を沈めていく。
「…あっ…入っちゃったよっ…」
「あ…ぁ……」
「すげ、気持ちいい……」
うっとりとした声が俺の耳をくすぐる。
「だけどこれじゃ俺、動けないよ。ね、アラタさんが動いて…」
そう言いながら俺の両脇に手を掛け、身体を上下させられる。
「はっ…ん…」
水の抵抗のせいでいつもと違うリズムに新鮮な快感が駆け抜ける。
気付けば俺は真行寺の肩に掴まりながら、自ら腰を動かしていた。
俺が動くたびに真行寺の吐息が漏れる。犯されながら犯しているようで、ついさっき中途半端で終わらされた征服欲に再び火が点いた。
狭い空間での不自由な動き。自らの快感を求めて動きやすい姿勢を模索しながら、真行寺が昂ぶっていく様を見て、自分がいつになく興奮しているのがわかる。
「ンッ! んぁ……」
角度を変えて抽挿を繰り返すうち、いきなり敏感なスポットを激しく突かれた。
思わずのけぞった首筋に真行寺が口唇を寄せ、強く吸いつく。微かに痛みを感じながら、またソコを刺激すべく腰を揺らす。
「そこがキモチイイの…?」
俺の変化を感じ取ったのか、真行寺が無理な体勢のまま腰を突き上げ始めた。
「あっ…ぁっ…ぁっ…」
身体ごとユラユラと揺さぶられ、水面がバシャバシャと波打つ。
不思議な浮遊感の中で、俺はその音を聞いていた。
「アッ…! ふぅ…ンッ…!」
浴室に反響したその声に反応するように、抽挿のピッチが上がる。
「ああ…っ…ぁっ……」
快楽に溺れながらも、真行寺にもっと感じて欲しくて、目の前にある胸の突起に手を伸ばした。
「あっ…も、ダメ、かも…アラタさんも一緒にっ…」
片手でしっかりと俺をかき抱き、もう片方の手で俺の昂ぶりを掴む。
「ああ………」
いきなり激しく扱かれ、頭の中が真っ白になる。強い刺激に背筋にしびれが走る。
「……ッ! アァァッ…!!」
「ウッ…ン……!」
ふたりほとんど同時に達して、繋がったままきつく抱き締めあった。
荒い息のまま、何度も何度もキスをした。
離したくない。離れたくない。互いの熱い想いを注ぎ込むように―――。
日常を逸脱した行為にふけったバスルームを出て、一息ついたところで真行寺の母親が帰宅した。
『夕飯食べていきなさいよ』
『もう遅いから泊まって行ったら?』
そんな真行寺の母親の言葉に、内心困ったな、と思いつつも笑顔で応え、結局成り行きで一泊することになった。
約束だったから…。今日のデートは約束したことだから、たとえ相手が真行寺とは言え、約束を破るのは嫌だから、だから、無理して時間を作った。
決してお前のためじゃないのだと、だけどそう自分に言い訳をして勉強漬けの日常からほんの少し抜け出したかったのかもしれない。
本当は、なんとでも理由をつけて誘いを断ることだってできたのだ。でもそれをしなかったのは、『成り行き』という言葉を借りて俺自身が心のどこかで望んだからかもしれない…。
「参ったな…」
俺の中で確かに根付き始めているこの感情を、今はまだ何と呼んでいいのかわからないけれど。
――高校生活で最後の夏だから。
――夏休み中に会えるのは、これが最初で最後かもしれないから。
少しくらい、こいつとの思い出を作っておいてもいいよな…?
真行寺の入浴を待つ間、なにをするでもなくベッドに腰掛けていた。
勉強のことが気にならないわけではない。でも、こんなにゆったりした気分になったのは久しぶりだ。今くらい、何もかも忘れて横になってもいいだろうか。
客用に敷かれた布団は敢えて使わず、そのままベッドに横たわる。
わずかに感じる残り香に、なぜだかほっとして、それが心地よくて、俺はいつしか目を閉じていた。
fin
素敵なイラストを頂いちゃいましたvvv
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