+++ スポットライト +++



 文化祭前日。
 俺は初めて対抗劇の練習の場へと足を運んだ。
 生徒会では前日までにクラスや部活など文化祭で催されるすべての会場を見回って、校則違反や過激な出し物がないかをチェックすることが恒例となっている。
 もちろん役員の面々で分担して回るのだが、毎年トラブルになりやすい対抗劇の見回りは会長自らが出向くことになっていた。
 去年はワガママなオーロラ姫のおかげで何度かトラブルの仲裁のために練習場に顔を出したが、今年は生徒会が介入するほどの揉め事もなく順調らしい。
 それでも生徒会長が前日まで一度も顔を出さないなんてことは異例のことだっただろう。
 行く機会がまったくなかった訳ではない。だけど俺は敢えて避けていた。


 本番さながらのリハーサルが行われている講堂に、混乱しているであろう舞台裏を避けて明かりを落とした客席のほうに足を踏み入れた。
 その途端、舞台の上でスポットライトに照らされて朗々と台詞を響かせる御門の姿が飛び込んできた。
 その凛とした姿は、演劇素人とは思えないオーラをまとい、周囲から浮き立ち一際輝いていて、思わず目が釘付けになる。
 ―――あいつ…あんなに嫌がっていたくせに。
 胃がキリリと痛んだ。


「どう? 真行寺の御門姿」
 いつの間にそこにいたのか、小声で話しかけて来た野沢に驚く。
「やっぱり、少しは気になるんじゃない?」
 やっぱり、とは俺に真行寺の文化部への出演を根回しに来たときの会話を受けての言葉だろう。
「だから、気になるわけがないだろう?」
 俺はあのときと同じ言葉を返した。
「そうなんだ?」
 なぜだか疑問形で言って、でもすぐに話題を変えた。
「それにしてもすごいだろ、真行寺」
「まあな」
 去年もそうだったが、その姿が際立って見えるのは、何も俺が意識しているからという訳ではなさそうだ。
「うちの一年生なんかもう大変」
「なにが?」
「練習の合間にもかっこいい御門の話題で持ちきりでさ」
「ふぅん」
「本気で惚れてる子もいるみたいだし」
「へぇ…」
 気のない返事を返しながら、また胃がしくしくと痛むのを感じる。
「それでもホントに気にならない、三洲?」
「だからなんで俺が気にするんだよ」
 しつこく聞く野沢に少し辟易しながらも笑い混じりに答えた。
 すると野沢は俺をじっと見て、「だって、さっきずい分真剣な目で見てたから」と言った。
 いつからそこにいたんだよ、野沢。俺が、どんな目をしてたというんだよ。
「…一応、生徒会の見回りだからね」
 動揺を隠して微笑んで見せる。
「それだけなんだ?」
 どういう意味で言っているのか、
「特にそれ以上でもそれ以下でもないさ」
 そう答えた俺に、
「だったら俺は後輩を応援していいんだよね?」
 野沢は微笑みながら、でも探るように瞳を覗き込んだ。
「なんだよ、それ」
「うちの一年生さ。ずい分熱を上げてるみたいだから」
「そんなの、俺に了承を得るようなことじゃないだろ」
「そう? ま、真行寺だっていつまでも不毛な片想いをしてるより、ちゃんと自分を思ってくれる恋人が出来れば幸せだよね、きっと」
「そうだろうな」
「三洲ってさ、ほんとに…」
 野沢が言葉を切って小さくため息をつく。
「なんだよ」
「いやごめん、なんでもないよ。俺は舞台裏に行くけど、三洲はどうする?」
「俺はここで見て適当に帰るから。特に問題もなさそうだしな」
「明日はきっと超満員だろうね。真行寺効果で麓の女の子もたくさん来るだろうし」
「そうだな」
「じゃ」
 
 野沢が去ってひとりになると、自然とため息がこぼれた。今の会話で必要以上に緊張していたらしい。
 本当に、厄介だ。
 どこまでが天然で、どこからが計算なのか―――それとも、計算だと思ってしまう俺自身が変に意識し過ぎているのか。

 明日にはこの劇を観るために、大勢の人が集まって来る。
 真行寺の御門は、去年の王子に負けず劣らず注目を浴びることになるだろう。
 大盛況を約束されたようなもので、生徒会としては喜ばしいことだけれど。

 ―――胃が痛い。
 ―――胸が苦しい。
 
 これ以上舞台の上に目を向けることが出来なくなって、俺は逃げるようにその場をあとにした。


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