+++ たのしく、たのしく、なかよくね +++
「ねえアラタさん。俺が卒業したら一緒に住まない?」
「はあ…?」
「俺、実家には戻らないからさ。どうせなら一緒に…」
「やだよ。なんでお前となんか」
「ちぇっ。ケチ〜」
「なんとでも言え」
遠く祠堂から毎晩のようにかかってくる電話。わずか5分間の会話の中にそんな話が多くなった。それもいいかもしれないなんて、簡単に流されるような俺ではないはずだったけど。
大学二年の春。ついこの間高校を卒業したばかりの真行寺と同居を始めることになった。
真行寺は「同棲」などとくだらない言葉を使うが冗談じゃない。間取りは2DK。6畳ほどのダイニングキッチンを挟んでふたつの部屋があるから、お互いのスペースはきっちり区切られていて、他人とシェアするにはもってこいの作りになっている。
単に俺たちの通う大学の中間点でたまたま良い物件が見つかったから、ひとつの部屋を折半して借りただけなのだ。それまで実家から1時間半もかけて通っていた俺にも都合が良かったというだけである。
とは言っても、同じ部屋で生活するのは事実。同居が決まってから引越しまでに揃えなくてはいけないものもあるのが現実で、いよいよ来週末に引越しを控えた日曜日、ふたり揃って大型電器店へと繰り出したのだった。
家具などはそれぞれに持ち込めばいいとしても、どうしても共用部分である冷蔵庫や洗濯機くらいは自分でも見ておきたい。
それに、いくら親しい仲とは言え、同居するにあたり決めておかなければいけないこともある。ルールを決めず、なし崩しにダラダラとした生活をするのはご免だ。
季節柄混雑した店内を目標物目指して歩くものの、目新しいものを見ては立ち止まる真行寺のおかげで今日の買い物には相当時間がかかりそうだ。
「あーいいなあ。自動食器洗い機だって」
「そんなもん必要ないだろ。大家族じゃないんだし」
「そりゃそうだけど」
「だいたいそんなに自炊する気なのか?」
「だっていつもコンビニ弁当じゃ味気ないじゃん。お金もかかるし」
「それで食器洗い機買ってたら余計に金がかかるじゃないか」
「わかってますよ。見てるだけだって」
まだ名残惜しそうに食器洗いを眺めている真行寺の腕を引っ張って目的地へと進む。
「でも洗濯の乾燥機はあると便利っすよね」
「干せばいいことじゃないか。無駄な金は使うなよ」
「アラタさんって結構シビアなんすね」
「当たり前だろ。まだ学生なんだぞ。極力出費は抑えろよ」
真行寺の事情は知らないが、俺の場合家から十分通える距離で、現に一年間通学したのだ。いくら三洲の家に余裕があるとはいえ、家を出たいというわがままを聞いてもらって高い学費まで出させているのだから少しでも生活費は抑えたい。
「あ、あった、冷蔵庫。冷蔵庫はデカイのがいいっすよね!」
「なんでだよ」
その辺の俺の事情なんて全然わかってないな、こいつは。
「だっていっぱい保存できるほうがいいじゃん」
「どれだけ食う気なんだ」
そうだ。こいつの食べる量は半端じゃない。それを優先するのなら少しでも他を切り詰めないととてもじゃないがやっていけそうにないな。
「普通っすよ、ふ・つ・う。アラタさんが少食すぎるんです」
「それにしてもお前は食いすぎだ」
「そんなことないって。俺、一緒に住み始めたらたくさんおいしいもの作ってあげるからね」
「ちょっと待て。家事は完全分担制だぞ」
同居をうまくいかせる鉄則は家事や生活費をきっちり分割することだ。そういうことで馴れ合い過ぎるとうまくいくものもうまくいかなくなる。
「えー、でもアラタさんって料理したことあるの?」
そう聞かれて一瞬返答に詰まった。
「…あるよ」
一応。家庭科の調理実習でな。
「とにかくな、真行寺。冷蔵庫がデカけりゃそれだけ電気代も高くなるんだよ。親に仕送りしてもらう身なんだから少しは考えろ」
「は〜い…。じゃあ、ちゅうっくらいのね」
「だから!」
はあ…。今まで意識したことはなかったが、こいつと金銭感覚が合うのかが本気で心配になってきた。
あれでもないこれでもないと散々迷ったあげく、結局「ちゅうっくらい」よりは小さ目の冷蔵庫を買うことにした。大きさや機能にこだわったのは真行寺だが、俺も色には文句をつけたので中々決まらなかったのは真行寺のせいだけではないのだが。
もうひとつの大きな買い物の洗濯機も、どれだって似たような機能なのになぜだか簡単には決まらずやっぱり時間を食ってしまった。
それにしてもひとつ買い物をするだけでこうも意見が合わないとは先が思いやられる。
「あ、ねえ。ダイニングの電気の傘も買わないと」
「ああ、そうだな」
俺たちの住む部屋はそれ程古い訳ではないものの、比較的安い物件だっただけあって備え付けの蛍光灯などはない。各自の部屋の分はそれぞれ買うとして、リビングの分だけは一緒に選んでおかないと。これでまた時間が取られるな。
ふたり揃って天井から釣り下がった電気を見上げる。
「あ、あれ…」
同時に同じものを指差して思わず顔を見合わせた。珍しく一度で意見が一致したそれは変わった形の電球のような蛍光灯が4つぶら下がるように付いている、ちょっと洒落たデザインのものだ。
しかしさっそく店員を呼ぶとあいにく在庫がないと言われた。まったくついてない。これを逃したらまた意見が合わずに長い戦いを強いられるだろう。
そう思うと諦めきれず、店員と交渉して現物を格安で譲ってもらえることになった。ずっと飾っていたものだから多少汚れは気になるが、またイチから選びなおすことと、この安さを考えて目を瞑ることにした。
そうしてようやくレジへ並んだところで肝心な蛍光灯を買っていないことを思い出し、真行寺がバタバタと電気売り場に走る。長いと思っていた列は以外にもあっさり進みすぐに自分の番になった。中々戻って来ない真行寺にイライラさせられる。間に合わなければまた並びなおしだな…。そう諦めかけた頃、ようやく
「あ、これも一緒にお願いします」
真行寺があの変わった形の蛍光灯を4本、店員に渡した。
そして…表示された金額に内心驚かされる。蛍光灯4つ、傘本体よりも高いじゃないか。
「アラタさん、やっぱこれやめよっか?」
横目でチラリと俺を見ながら真行寺が小声で囁く。
「今更なに言ってんだ」
「だって、これ高いよ」
「仕方ないじゃないか。もうレジ打ってるんだぞ」
「こんなとこで見栄張らなくても」
「うるさいよ」
「冷蔵庫のことではあんなに文句言ったくせに…」
わかってるよ。俺だって失敗したと思ってるんだ。うっかり傘本体の安さに目を奪われて、蛍光灯自体が高いことに気付かなかったのだ。よく考えれば変わったデザインなのだから当たり前だ。しかも4つ。これは維持費がかかること間違いなしだな。
だけど。レジを済ましたこの状態でやっぱりやめますなんて、そんなみっともない真似ができるか!
――初めての一人暮らし…もとい同居生活は前途多難な予感がした。
************
今日からアラタさんと同棲! アラタさんは「同居」だって言うけど、どこにその違いがあるんだろう。まさか、えっちさせてくれないとか…。いやいや、えっちだけが同棲の目的じゃないし!
まあ、どっちにしてもアラタさんとふたりで暮らせることに変わりはないんだから、この際呼び方なんて気にしない、気にしない。
無事に引越しも済み、ずっと言えないでいた俺の家族の話を少しだけして、ワインで乾杯して、色々喋ってたところまでは覚えてる。
気が付くと、俺はソファに横たわっていた。身体にはいつの間にか毛布が掛けられ、俺の足元のあたりで、ソファにもたれるようにしてアラタさんが眠っていた。
うわっ…転寝するアラタさんって可愛い…。これからはいつでもこんな姿が見れるんだ。俺ってなんて幸せなんだろう! ああ、でもこのままじゃ風邪ひいちゃうよな。
俺は自分の掛けていた毛布を外し、そっとアラタさんに掛けた。
ん〜でもこんな体勢で寝てたら体痛くなるよなあ。これは、ソファに寝かせてあげるべきなのか? それとも抱っこでアラタさんのベッドまで運んであげて、服を着替えさせて……服を、脱がせて…それで…それから…透き通ったアラタさんの肌に…い、いや、変な想像しちゃいけない! 着替えさせてあげるだけなんだってば! ああヤバイ。なんだか下半身がムズムズしてきちゃったよ…。
「ん…」
「あ、アラタさん起きた?」
「ああ、寝てたのか…」
ぼんやりと、焦点の合わない目を俺に向ける。こんな表情をされるだけでも心臓が飛び跳ねる。
「今日は疲れたもんね」
「さすがにな」
「じゃ、じゃあ、もう寝ようか」
なにどもってるんだ、自分!
「いや、その前にシャワー浴びてくるよ」
「あ、そう、そうだね」
「なんだよ」
どう見ても態度のおかしい俺にアラタさんが訝しげな視線を向ける。
「や、なんでもないっす」
「変なヤツ」
アラタさんはそうひとこと言うと、クスリと笑ってバスルームへと消えて行った。
ああ、もう! だめだ。今夜からここでふたりきりだと思うだけで嬉しすぎて落ち着かない。漏れ聞こえるシャワーの音だけでドキドキする。アラタさんのシャワーなんて祠堂の頃から見慣れて…はいなくても、今更緊張するようなことじゃないハズなんだけど! もしかして新婚初夜の新郎ってこんな気分なんだろうか。
緊張を紛らわす為にテレビをつけてみたけど、どうしても神経がバスルームのほうにいってしまう。これから毎晩こんなんで、俺、大丈夫なのか…?
悶々とすること数分。ほっかほっかのアラタさんがタオルで頭を拭いながら戻って来た。しっかりパジャマ代わりのスウェットを着て。なんとな〜く腰にタオルを巻いただけのアラタさんを想像していたからちょびっとがっかりしたけど、でもやっぱり風呂上りのアラタさんの上気した顔はすごく色っぽくて思わず見惚れた。
「お前もシャワー浴びて来いよ」
「う、うん」
それって、それって……。や、寝る前にシャワーするのは当たり前だし。深い意味はないんだよな、きっと。
「なあに緊張してるんだよ、今更」
「へへ。だってホントにアラタさんと一緒に住むんだな〜って実感が…」
「高校時代だってひとつ屋根の下だったじゃないか」
「そ、それとこれとは違います!」
「…ま、それもそうだ。これからは自炊しないとならないしな」
「そういうことじゃなくて…あー、もういいや。シャワーしてくる!」
いつもより若干時間をかけたシャワータイムが終わり、リビングに戻るとアラタさんはソファでテレビを観ていた。手にはさっきの飲み残しの赤ワイン。
どのくらい飲んだのかわからないけど、首筋がほんのり紅く染まって色っぽいことこの上ない。
そういえばお酒飲んでエッチしたことってなかったよな…。どんななんだろう、酔ったアラタさんって…。
やっぱムリ! これは同棲じゃなくて同居だって言われてるけど、健全な男子としては好きな人のこんな姿を見てじっとしていられるわけがない。
「アラタさん、隣座ってもいい?」
「ああ」
緊張する俺とは裏腹にアラタさんはすっかりニュース番組に夢中でなんだか素っ気無い。今日は引越しで疲れたし、その気はないんだろうなあ……。だけど。
「アラタさん、俺もワイン飲んでもいい?」
「ああ」
ちょっと飲んで勢いを付けてアラタさんを口説くのだ。今日はせっかくの同棲初夜なんだし!
キッチンの水切りにきれいに洗って置いてあったグラスを取ってきて、ワインの瓶を傾ける。 …けど、なんだよ、これ空じゃん!
「アラタさあん、これもうないんだけど」
ちょっとふてくされ気味に言ってみた。
「ああ、そういえばこれで最後だったな」
相変わらずテレビに目を向けたまま、なんでもないようにアラタさんが言う。
「…もう。それを先に言ってよ。俺にも少し分けてよね」
「やだ。回し飲みは嫌いなんだよ」
はあ…。今日は本当にダメそうだ。仕方ないよな、朝から一日動き回ってたんだし。これからはいつだってこうして一緒にいられるんだし。今夜は潔く諦めて寝よう。でも、酒の力でも借りないと寝付けそうにない。
「じゃあこっちのグラスに移して…」
「やだ」
「なんだよ、もう。ちょっとくらい…」
するとアラタさんは俺が言い終わらないうちに、
「でも、これなら…」
クイッと紅い液体を口に含み、そしてそのまま俺の口唇を捕らえると、生暖かい舌と一緒にワインを流し込んだ。口の中から鼻腔に伝わる甘い香り。舌を絡めながらしばらくの間テイスティングよろしく口の中で転がす。
諦めかけたところでこんな唐突にキスを仕掛けてくるなんて、アラタさんらしいというか…。あ、でも、もしかして…。
「アラタさん、酔ってる?」
「別に」
嘘だ。いや、嘘じゃないのか? 不意打ちのキスはアラタさんの専売特許みたいなもんだし、こうやって俺がその気になったところではぐらかされるのはいつものことだし…なんて考えてるうちにアラタさんが俺の胸にコツンと頭を落とした。
「つづき…」
「…え?」
「つづき、しないのか?」
あああっ! もう、酔ってても酔ってなくてもどっちでもいい! 滅多に見れないこの可愛いアラタさんをお腹いっぱい頂きます!!
************
同居を始めて3ヶ月が経った。
バイトが終わりいつものように真っ暗な部屋に帰る。玄関の明かりを点けると、珍しく真行寺のスニーカーが置いてあった。
帰ってるのか? だが、リビングに入って様子を伺うが物音ひとつしない。きっと新しい靴でも買ってそれを履いて出たのだろう。
一緒に暮らしていても、お互いがいつ何を買ったかもわからないような生活が続いていた…。
お互いにバイトを始めたせいで、顔を合わせる機会もめっきり少なくなった。それでもどちらも家事当番はさぼることなく続けていた。ただ、せっかく作った食事もひとりで食べることのほうが多いのだが。
実のところ、俺はこの年までまともに食事を作ったことはなかった。でも家事は完全分担制と言い出した手前作らないわけにもいかず、恥を忍んで真行寺にイチから教えてもらったのだ。
おかげでようやくなんとか納得のいくものが作れるようになってきたというのに。ひとりで食べる食事ほど味気ないものはない。元々食に関心のなかった俺がもし一人暮らしをしたならば、きっと料理に手を染めることはなかっただろう。
両親が共働きの真行寺は、空腹に耐え切れず、必要に迫られて小学生の頃から料理を始めたと言っていた。真行寺の料理はおおざっぱながらいつもそれなりにおいしい。計量カップや計量スプーンを使わずに味付けが出来るようになるには、俺にはもう少し時間が必要なようだ。
それにしても…。わりがいいからと、遅めの時間帯にバイトを入れるのは仕方ないが、こうも会えなくて一緒に住んでいる意味があるのだろうかと、ふと考えてしまう。
ただ部屋をシェアして使っているだけのルームメイトならそれでいいのだろうけど。いや、元々これはただの「同居」だと言い出したのは俺なのだ。だから文句を付ける筋合いのものではないことはわかっている。
わかっているはずだった。だけど、おい、もう3日も顔を見てないぞ…。お前は、なんとも思わないのかよ………。
今日は俺が食事当番だ。一通りの買い物も済ませて来た。だけど、買ったものを冷蔵庫にしまうのが精一杯で、俺はソファに倒れ込んだ。
バイトは体力を使うようなものではないから、そう疲れているわけではないのに。でも、身体が動かない。何もする気がおきない。もちろん食欲もないから食事を作る気力もない。
でも、体力勝負で働いている真行寺が帰って来てなにも作っていなかったら、さぞかしがっかりすることだろう。
やらなきゃ……。重い腰をようやく上げたとき、真行寺の部屋から微かに物音がした。
「ゴホゴホッ」
…え?
慌てて真行寺の部屋の扉を開ける。
「なにやってんだよ…」
いないと思っていた真行寺が、ベッドに横たわり苦しげに咳を繰り返す。
「風邪、ひいちゃったみたい」
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「熱があるのか?」
額に手を当てるとかなり熱が高いことがわかる。
「うん」
「…いつから…」
「おとといから、かな?」
おとといって…だけど、昨日も…。
「でもお前、ちゃんと当番やってたじゃないか」
「だってそれは約束だし」
「ばか! こんなときくらいさぼれよ!」
そうすれば、もっと早く気付いてやることが出来たのに。
「でも、」
「なんのために一緒に住んでるんだよ」
「…え?」
「こんなんじゃ、一緒に住む理由なんてないだろ」
「だってアラタさんに移したら悪いし、気を遣わせたら申し訳ないし…」
ばか。なんのために、ふたり一緒にいるんだよ。
「こんなときも頼れないならな、俺なんか必要ないじゃないか」
「そんなことないよ!」
「じゃあなんなんだよ」
「アラタさんの迷惑になるようなこと、したくなかったんだ。ほら、アラタさん、優しいからさ。結局いつも俺の言うこときいてくれちゃうじゃん。負担になりたくないからさ…」
どうしていつもそうやって、俺を気遣うことしかできないんだろう。どうしてもっと…。
「あのな、真行寺。俺は負担をかけるような人間と一緒に住もうと思う程優しい訳じゃないんだぞ」
「えっ…と、じゃあ、同居、やめる?」
だからどうしてそういう結論になるんだ。ホントにこいつは、いつでも俺のことばかり優先させて、自分のことは二の次で。
「ばかか、お前は」
でも、そんなの違うだろう? 譲るだけじゃなくて、もっと…。
「そうじゃない。反対だよ」
「反対って?」
「つまりな、だから…」
なんでわからないんだよ。
「…だから?」
「だから、もっと…」
「…もう。俺、ばかだから、ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
ああ、そうか。言わなきゃ伝わらない。歩み寄るためには言葉で伝えなきゃいけないこともある。あの買い物のときみたいに、お互いの意見をぶつけ合って、それで少しずつ歩み寄っていけばいいんだ。俺も、言うから。これからは、はぐらかしたりしないでちゃんと伝えるから。だから……。
「――だからもっと、俺を頼ってもいいってことだ」
「アラタさん…」
上手い言葉を選べたとは思えないのに、そんなに嬉しそうな顔をされたら照れ臭いじゃないか。
嬉しそうな真行寺の顔を見たら、なぜだかどうしようもなく胸が詰まって、ジワリと瞳に水分が集結しそうになったから、溢れる前に口唇を重ねた。
「なんか久しぶりにアラタさんと話したら食欲が出てきた」
「病は気から、だな」
「うん! だからさ、お粥作ってよ」
「……おかゆ」
「頼っていいって言ったよね?」
「ああ、言ったよ」
「だったら作ってよ。アラタさんが作ったお粥食べたら一気に風邪なんて吹っ飛びそう」
「…わかったよ。作ってやる。作ってやるから……」
「やるから、なに?」
「作り方、教えろ」
同居であろうと同棲であろうと。こうやって、少しずつ足りない部分を補い合って、お互いを高め合って。価値観が違ったり、生活リズムが違ったり、まだまだ噛み合わないこともたくさんあるけど。これから少しずつその距離を縮めていけばいい。いつか、お互いが空気のように自然な存在になれるまで。
―――心の距離は今だって、こんなに近くにあるのだから………。
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