+++ タイムリミット +++
「アラタさん!」
三洲にとってこれで最後になる東京からの長距離移動。ホームに降り立った途端に名前を呼ばれて顔を向けると、案の定そこには真行寺の満面の笑みがあった。
「なんだ。わざわざホームまで入ってたのか」
「うん。だって少しでも早く会いたかったし。荷物、これだけ?」
そう言いながら、真行寺が自然な動作で荷物を受け取る。すっかり慣れた行為だ。
「ああ」
あとはあさっての卒業式に出るだけなのだから、持ってきたのはわずかな着替えと日用品だけだった。
「そっか」
こんな短い会話の中にも無意識に含まれてしまういつもとは違う空気にはお互いに気付かぬふりをする。
見上げた空は、どんよりとした心の中とは裏腹に、嫌味なくらいに晴れ渡っていた。
「このまま祠堂に戻りますか?」
「いや、昼食がまだなんだ。おごるから付き合えよ」
「そりゃ喜んで!」
何気ない会話、穏やかな日常、そして、真行寺の笑顔。
やっと手に入れた大切なもの。
ずっと心の奥で望んでいながら、だけどそれを妨げていたのも三洲自身の言動ゆえのことだとはわかっていた。
少しずつ関係が変わったのは、ようやく自分の気持ちを認めることができたから。
自身のルーツにまつわるモヤが晴れて初めて素直になることができた。
けれど結局、未だに真行寺に対して直接的な言葉を発したことはなかった。
――言えなかった。
真行寺を想えば想うほどに、この関係を卒業してまで続けるべきではないと、そう思えたから。
真行寺が言葉を欲しがっているのはわかっている。
そのたびに葛藤し、唇に乗せてしまいそうになっては思いとどまる。
声にできなかった言葉は、吐息と共に口移しで伝えることにした。
そうして自ら仕掛ける口づけはいつでもそんな想いを孕んでいて、苦しいくらいに三洲の胸を締め付けた。
結局昼食どころか夕食までを麓の街で過ごし、門限ギリギリで2か月ぶりに270号室へ戻った。
冬休み前に大方の荷物は運び出してしまったのでもはや懐かしさを感じることもなく…だがそう思った途端、あんなに色々なことがあったこの部屋がもうすぐ自分のものではなくなることを実感して寂しくなった。
「葉山さんもいないし、なんか寂しいッスね」
同じことを感じたのだろう。真行寺がポツリと言う。
その言葉があまりにも的確で返答できずにいると、不意に暖かい腕に包まれた。
真行寺が三洲の肩口に顔を埋める。
「寂しい」なんて口にしてしまって、かえって自分の感情を制御できなくなったのだろう。
その気持ちを抑え込むように、抱き締める腕がきつくなる。
「甘えてるな、真行寺」
「へへ…」
微かに笑った声が首筋にかかり思わず身を捩った。
それと連動するように真行寺が顔を上げる。
至近距離で熱く潤んだ瞳に見つめられ、目が離せない。
「好きだよ、アラタさん…」
うっとりと微笑む真行寺に「俺も」と返す代わりに唇を合わせる。
言葉にしてしまえばきっと後戻りできなくなってしまうから…。
優しいキスはいつしか呼吸さえも奪うほどになって、立っていられずにふたりでベッドへ倒れ込んだ。
激しくも優しい時間。
永遠に続けば良いと思いながら、いつも以上に乱れ、見つめ合い、溶け合った。
この心地よい関係を自ら手放すために落とす爆弾は、確実に真行寺を傷付けるのだろう。
でも、それでも。
誰よりも、何よりも大切なこの男の未来を、自分が縛り付けることで奪うことはできないから。
狭いベッドの上、ふたりの瞳には互いしか映らない。
熱く見つめ合う一方で現実からは目を逸らしていることを自覚しつつ、甘いときに溺れた。
タイムリミットまで、あと3日――。
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