True or a lie
アラタさんが卒業してから一ヶ月。
奇跡的にも俺たちの仲は続いているものだと信じていた。
卒業するまでにはハッキリさせなきゃと思っていたけど、卒業が近付いてもアラタさんはそれまでとちっとも変わらなかったし(つまりいいように使われて、思い切り惚れた弱みに付け込まれて、足蹴にされたままだった訳だけど)、それになにより、アラタさんの口から別れの言葉を聞くことはなかった。
だから俺は毎日のようにアラタさんの携帯に電話をしたし、アラタさんだっていつも「またか」とか「うるさい」とか「いい加減にしろ」とか言いながらも、きっちり五分間、俺との会話に付き合ってくれていたのだ。
このままずっと続いていくんだと確信していたのに…。
五日前の退寮日、俺は一刻でも早くアラタさんに会いたくていつものように電話をかけた。でも、聞こえてきたのは留守電のアナウンスで。
その時はたまたま電池切れかな、と思って実家に帰ってすぐにかけ直してみたけれど、やっぱりアラタさんは出なかった。
それから毎日、何度かけても留守電のまま。アラタさんの家にもかけてみたけれどそっちも留守電。
なにかあったのだろうか…。でもアラタさんに一大事があったら噂好きの祠堂の連中からなにかしら連絡が来てもいいだろうし。
やっぱり、俺のこと避けてるとしか思えない。
せっかくの春休みだというのに、俺だってもう受験生だというのに、なにもやる気が起きずにただ電話とにらめっこを繰り返す毎日を過ごすしかなかった。
ついこの間までの浮かれた気持ちはどこかに吹き飛んで、すっかりどんよりとしてしまった心。
あー、もう俺のこと振るつもりならハッキリ振ってくれよ。
アラタさんが卒業するときに、それなりの覚悟はしてたんだからさ。
それなのに、さんざん気を持たせるようなことしておいていきなり音信不通にするなんて、いくらなんでもあんまりだろう?
そりゃあ、振られたら哀しいけど。たぶんしばらく立ち直れないだろうけど。
でもこんなうやむやなままでいるよりはよっぽどスッキリするはずだ。
はぁぁ〜。今日から四月だっていうのに…。俺の心に春は来ない…なんて言ってる場合じゃない!
決めた! 会いに行く。アラタさんの家まで行って直接確かめて来よう。
勝手なことして怒られようがどうしようが知ったことか!
…でも、その前にもう一度だけ、電話してみようかな…。
そしてすっかり夜も更けた頃、本日五回目のコール。
どうせいつもの無機質なアナウンスが流れるんだろうと思いつつ、それでもわずかな期待を胸に抱きながら、電話が繋がるまでの一瞬の無音が長く感じられる。
―――プルルルルル…
…えっ!? 繋がった…! 半ば信じられない気持ちで受話器を耳に当て直すと、コール一回鳴り止まないうちに愛しい人の声が聞こえてきた。
「はい」
「アラタさんッ!!!」
「うーるーさーい。そんなに大声出さなくても聞こえる」
「だって! だってアラタさん…っ!」
「何度も電話してきたようだな。留守電にしつこいほど残ってたぞ」
「だって全然繋がらないから! 俺、マジでなにかあったのかと…」
というか、振られたんだと思ってたんだよ?
「…旅行に付き合わされたんだよ。親の」
アラタさんの声が少し不機嫌になる。
「へっ? 旅行? って言ったって携帯くらい持っていってもいいじゃないっすか」
今どき、よほどの山奥じゃなきゃ電波通じるでしょ?
「国内ならな」
「あ? 海外旅行してきたんすか、アラタさん?」
「ああ。父親が海外に単身赴任になったからその引越しの手伝いでな。母親がひとりで帰ってくる自信がないと言うから仕方なく」
「なんだ…って、それならひとことくらい言ってくれたっていいじゃないっすか! 毎日のように電話してたんだから」
振られたんじゃないとわかればつい文句のひとつも言ってみたくなる。俺がどんな気持ちでこの五日間を過ごしてたのかなんて、アラタさんにはきっとわからないんだろうけど。
「言おうとしたさ。だけどお前電話してくる度にひとりでしゃべりまくって俺に話す隙も与えなかったじゃないか」
「あ…そうでしたっけ?」
「そうだよ、バカ」
そうか。そうだったかな。そうかも…。時間制限つきの寮の電話。五分間なんて短すぎて、俺はその日にあったことや思ったことを必死でその時間内に納めようとしゃべり続けていたんだ。
「……ゴメンナサイ」
すっかり意気消沈した俺の謝罪の言葉に、アラタさんはクスッと笑って、
「心配かけて悪かったな」
と言った。
旅行中、少しは俺のこと、気にしていてくれてたんだろうか。
「アラタさん…。声が聞けなくて寂しかった」
「ああ」
「会いたいよ、アラタさん」
「…そうだな」
…え…。そうだなって、今言った? アラタさんも、アイタイ?
うわっ、これは…堪らない…!
「好きです、アラタさんっ!」
「俺もだよ」
「!!!!!!! あ、あ、あ…」
どどどどどうしようっ! 俺もって、俺もって…っ!
だけどあまりのことにそれ以上言葉が継げなくなった俺にアラタさんは言ったのだ。
それはそれは可笑しそうに、声を上げて笑いながら。
「お前、今日がなんの日か知ってるか?」
「…? 今日って、四月一日っすよね」
「そうだよ」
尚も愉しげに笑い続けるアラタさんの声を聞きながら、必死で考えを巡らせて………わかった。
「エイプリールフール?」
「ああ」
…ヤラレタ。
「じゃあ、今のって嘘?」
「そういうことだな」
「そりゃないっすよぉ、アラタさぁぁん…」
一瞬でも、アラタさんの言葉を信じてしまった自分が恥ずかしい。いつまで経っても惚れた弱みに付け込まれている自分が情けない…。
「たまにはいいだろ、こういうのも」
「はぁ…」
いや、こういう冗談は勘弁してください、アラタさん。心臓がまだバクバクいってる。
ああ、結局俺は一生コノヒトには敵わないんだろうなあ。
「明日…」
「はい?」
「明日、買い物に行くけど、荷物持ちくらいならさせてやってもいいぞ」
「え、ホントに!? デートしてくれるっすか?」
浮き足立った俺の言葉に、
「勘違いするなよ。荷物持ちだ」
アラタさんは冷ややかに言ったけど。
「それでもいいよ、荷物持ちくらい任してよ!」
名目はどうであれ、一ヶ月ぶりに会えるんだから。自然に声も弾んでしまう。
「荷物持ちくらいでそんなに力むなよ」
クスクス笑いのアラタさんの声を聞きながら、電話が繋がらなかった悶々とした日々が嘘のように、俺は天にも昇る気分だった。
「じゃあ待ち合わせは…」
「ばぁか」
待ち合わせの場所と時間を決めて回線が途切れた携帯に向かって呟いた。
さっきの会話のどれが本当でどれが嘘かなんて、お前はきっとわかってない。
いい加減気付いても良さそうなものなのにな。
でも、まあいいか。こうして俺が圧倒的優位に立っていられる状態も、きっとそう長くは続かない。
…一ヶ月ぶりに会う、それだけのことで。
俺の心も、こんなに―――。
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