「おい、真行寺!」
「んあ〜」
「なに間抜けた声出してるんだよ」
ボカッと頭を叩かれて目が覚める。
「いってぇー」
真行寺がやっとのことで目を開けると呆れ顔で腕を組んで見下ろす三洲がいた。
「あ、おはよーアラタさん」
「まったくお前は本当に…」
だって、昨日の夜すごかったから…なんて言ったらまた殴られるんだろうな。
「シャワー浴びて来るから、そこ片付けて葉山が帰って来る前に出てけよ」
寝ぼけた真行寺の目に映ったものは、乱れ切ったシーツと脱ぎ散らかされた服…。
「えっ、一緒に片付け…」
「却下」
全部言い終わらない内に三洲は冷たい言葉を残してさっさとバスルームへ消えて行った。
はぁ〜〜〜。真行寺は深くため息をつく。結局こうなるんだよ。
―――でも、いつものアラタさんに戻って良かった。
…っていうか、「ちょ、待ってよアラタさん!!」
ここでお別れ? それはないだろ、いくらなんでも!
慌てて起き上がりバスルームまで追いかける。ドアを開けようとノブに手をかけた瞬間向こうから引かれて思いっきりよろけた。
「わっ! …っと」
「なにやってんだ? お前」
そんな真行寺の姿を見て三洲がおかしそうに笑う。
「なにって。アラタさんが急にドア開けるから」
照れながらもムッとして言い返すと
「十時に正門」
「はい?」
突然話題が変わるのはいつものことだけど、思わず聞き返してしまった。
「駅まで見送りに来るんだろ?」
「あ、はいっ! もちろんッス!」
「外出許可は?」
「トーゼン、取ってますよー」
何があってもいいように、かなり前から申請していたのだ。
「お前にしては手回しがいいな」
「そりゃ、アラタさんの為なら」
珍しく褒められて(?)ニヤける真行寺に三洲は「ばーか」とひとこと言って頬にキスをした。
時計は十時を指している。真行寺は少し前からここに来て、退寮して行く先輩達と挨拶を交わしていた。
「なんだ真行寺。まさか最後まで三洲にアタックするつもりか?」
なんてからかう人もいたけれど、ヘヘヘと笑ってごまかした。
遠くに三洲の姿が見える。あちこちで声を掛けられてはにこやかに別れの挨拶を交わしながら、少しずつ、近付いて来る。
少しずつ縮まる距離が、今までの心の距離を象徴しているかのようだった。
たくさんの花束を抱えた三洲がやっと真行寺の元へ辿り着く。
「行くか」
晴れやかな表情で素のままに微笑みかける。
「はい」
真行寺は当然のように荷物を受け取って一緒に歩き出した。
でも三洲は突然何かを思い出したようにふと振り返り、見送る下級生達に向かって軽く手をあげて見せた。その瞬間ざわめきが走る。きっと、いつもの柔らかい笑顔を見せていることだろう。
『遊びに来てくださいねー』
『お元気で!』
そんな声を聞きながら思う。ホントにこの人は、最後の最後までみんなの前では柔和で完璧な三洲新を演じ切った訳だ。
と、振り向きざま真行寺にいたずらな視線を送ると、ふいに下ろしかけた手を真行寺の腕に絡めた。背後でざわめきがどよめきに変わる。
『うそだろ!?』
『信じらんねー!!』
『マジかよぉ』
「ア、アラタさんっ! まだみんな見てますって…!」
慌てる真行寺に三洲は不敵な笑みを浮かべて言った。
「だから、だろ?」
「は?」
訳がわからない。
「これでお前にちょっかい出せるようなツワモノはいないだろうな」
「あ…」
またしても、いつもの確信犯。いつもの、アラタさん。
「なにも置いて行かれるほうだけが不安な訳じゃないんだよ」
何しろここは全寮制の男子校だからな。そう言ってクスッと笑った。
―――本当はやきもちやき。
―――本当は寂しがり屋。
―――本当はしたたかで、
―――本当は俺が好き。
ねえ、アラタさん。これからは、もっと「本当」を見せてよね。俺はきっと、どんなアラタさんも全部好きだから。ずっと、ずっと、大好きだから………。
その日、寮に戻った真行寺が驚きと羨望の嵐の中で質問攻めにあったことは言うまでもない。
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