誰かに伝えたかった。本当は。
誰にもわからなくていいなんて、自分の心の弱さを悟られたくないくだらないプライドのせい。
誰にも言わずにここを出れば、すべては自分だけのものとなって跡形もなく消える。
でも、それはあんまりにも寂しいから。
ここでの大切な想いを、なかったことにはしたくないから…。
葉山に話を聞いてもらおうとした時点で、もしかしたらこうなることを望んでいたのかもしれない。
この先の人生を、真行寺と共に歩くことを…。
生まれて初めて好きな相手に想いを告げたことで高ぶった気持ちに動揺しながら、でもそれを心地よく感じている自分がいる。
だが、温かい腕に包まれて次第に冷静になってくると、俺の中でさっきまでとは違う感情が湧き出してきた。
―――クヤシイ。
あろうことかこいつの前で涙を見せてしまうなんて…。
ずっと境界線を行き来しているのを自覚しながらも必死で自分をごまかしていたのに。
もう二度と会えない―――お前の口から聞いた瞬間、元々脆かったそれはとうとう崩壊してしまった。
わかっていたはずなのに、その言葉のせいで、その意味がリアルに実感となって心の中に押し寄せた。
…でも…。いいのか、お前になら。どんな俺を見せたって―――。
「ねえ、アラタさん。俺、ずっとアラタさんに辛い想いをさせてたの?」
「辛く当たっていたのは俺の方だろ?」
「そうだけど、そうじゃなくてさ…」
意味がわからず首を傾げる。
「ずっと、気持ちを心の中に仕舞い込んでるのは、辛かったでしょう?」
まったくこいつは…。お前のほうこそ、素直になれない俺のせいでずっと辛い想いをしてきたんだろう?
「なのに俺は、自分のことばっかりで気付けなくて。俺は、どんなに邪険にされてもアラタさんに気持ちを伝えることができたから、それだけで嬉しかったけど。でも、アラタさんは…」
…そうだな。ずっと辛かった。心の奥深くに隠して、自分自身をも欺き続けて。誰にも言えなくて、心を持て余して…。でも、それでも、お前を想う気持ちだけで幸せになれた…。
ふわり、と涙が浮かんだ。今日は涙腺がバカになっている。
「ちょっ…待った! ダメだって! 頼むから、もう泣かないでよ…。俺、心臓持たないって…」
俺を優しく包み込む真行寺の腕。躊躇わず身を預ける。
真行寺の慌てぶりが、余りにも可笑しくて。確かに今日の俺はオカシクなってるけど。
声を潜めて笑った。
「や…ねえ、泣いてるの? アラタさん。お願いだからもう…」
俺の震える背中を見て勘違いした真行寺がしどろもどろになる。
俺はガバッと身を起こし、にっこり笑って「ばーか」とひとこと言ってやった。
「な…! ヒドイよアラタさん! 騙したの?」
「騙されるお前が悪いんだよ」
「そんな…」
途端に情けなく眉を寄せた顔が可笑しくて、こんなくだらないやりとりが楽しくて、声を出して笑った。真行寺も笑顔になる。…今日初めて見たな、お前の笑顔。俺の大好きな、爽やかな笑顔…。
「ユルサナイ…」
ふざけた調子で言いながら、真行寺が俺をベッドに押し倒す。
「許さなくて、いいよ」
言いながら目を閉じると、口唇を塞がれた。
「今夜は眠らせないよ?」
「望むところだ。まあ、お前には無理だな」
「―――。過去の経験から言うと何も言い返せないっス…」
「バカ。そういう時は嘘でもいいから大丈夫って言えよ」
俺は真行寺の首に手を回して引き寄せた。今度は俺から口唇を重ねる。
最初は優しかったキスが、少しずつ激しさを増していく。
俺は理性を手放した。
こんな俺のことでも、わかろうとしてくれる仲間がいた。
本気で心配してくれる友達がいた。
初めから素直になっていれば、なにもかも曝け出して素のままの自分で過ごしていれば、きっと違う高校生活を送れたのだろう。
だけど俺は後悔しない。こうしてちゃんと大切なものを手に入れることができたのだから…。
でも、そうだな。少しだけ、これからは少しだけ変わってみようか。
本当は臆病な俺のことだから、きっと本当にわずかずつだけど。
こいつの傍でなら、変われるかもしれない。
ずっと、ずっとこの温かな腕の中で―――。
溶かされて、満たされて、昇り詰めた先に見えたものは、真っ白なキャンバス。
これからふたりで描いていく、未来………。
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