+++ その夜の事情 +++
ギイ×託生 side
夕飯時の食堂の一年生達の楽しげな会話。章三と肩を並べていつもより少し早めの食事を摂っていたオレの耳にとんでもないフレーズが飛び込んできた。
なんなんだ今のは! 託生と三洲がなんだって?!
今朝、用事が思いのほか早く済んでもう一度270に出向いてみたらふたりそろっていなかったから嫌な予感はしていたが。
しかも……三洲だけでなく託生までもが高嶺の花なのか? 一年生の間ではそんなふうに見られてるのか、託生……。
怒りにふるふると震えそうになるカラダをなんとか落ち着かせ、引き攣りそうになる顔の表皮を最大限の努力で弛緩させ……。だが思わず立ち上がりかけたオレの肩を章三の手がグイッと押し戻した。
「待て。どうせああいう話には尾びれ背びれが山ほど付いていると相場は決まってる」
「わかってるさ。でも、肩……肩を……」
「おい、何年祠堂にいるんだよ。どうせ肩についたゴミを払ったとかその程度だろ」
「ああ、そう、そうだな。……しかし、寄り添って寝……」
ああ、想像するだけで頭に血が昇ってこれ以上言葉にならない。したくもない!
「だから。ふたり揃って転寝でもしてたんだろう。言葉通りに受け取るなよ。少しは学習しろ」
「………」
確かに。ここ祠堂においては火のないところにでも簡単に煙が立つのだ。そんなことは自分自身の経験としてもうんざりするほどよく知っている。
だけど託生が三洲と出かけたのは紛れもなく事実な訳で。まあ同室者なんだからそのくらい当たり前と言えば当たり前だし、託生が他の友人とふたりきりで出かけることなんてよくあることなのだ。でも相手が三洲だと思うだけでどうにもこうにもいても立ってもいられない心境になる。
なんと言っても三洲は四月の初めにオレに宣戦布告してきた男なのだ。しかもなぜだか人見知りのはずの託生が最初から気を許している。更に三洲が箸にも棒にも引っかからないような奴ではないという事実。
あの後どうやら三洲は真行寺とよろしくやっているらしいということがわかってあれはただのハッタリだったと想像できたが、でもやっぱり三洲はオレにとって要注意人物なことに変わりはない。
「だいたいな、今更同室者に嫉妬してどうするんだよ。毎日寝床を共にしてる仲なんだぞ。それに比べたら一緒に出掛けるくらいどうってことないじゃないか」
「――章三」
こいつ、オレが嫉妬するのを見て面白がってるな。ニヤリと目を細めた章三を思い切り睨み返した。
「おお、怖っ」
「とにかく。託生に伝言。消灯後にゼロ番。朝までいるつもりで来いって」
「はいはい」
食べかけの食事を残したままのトレーを持ってガタンと立ち上がったオレの背中に呆れたような章三の声が返ってきた。
わかっているんだ。今更同室者に妬いたところでどうにもならないなんてことは。そんなことをしていたら毎日毎日嫉妬するはめになり、いずれその炎で黒焦げになってしまうだろう。
同室者なら毎日託生の着替えも見てるだろうし、寝起きのほけ〜っとした可愛い顔も拝んでいるのだろうし、風呂上りのぽわんとした色っぽい姿も………。
いかん! 余計に滅入ってきた……。
こんな日に限って夕飯後は特に用事もなく、おかげで脳が勝手に妄想もとい想像を巡らせてしまう。まったく、消灯までの時間が長いことと言ったらない。
だから、ようやく消灯時間を過ぎて数分、託生がそっとゼロ番の扉を開けたときにはすっかり精神を消耗してしまっていた。
「遅くなってごめんね、ギイ」
そう言ってベッドに座るオレの隣に腰かけた託生は小首をかしげ「なんか疲れてる?」と聞いてきた。
ダメだ託生、可愛すぎる。こんな些細なしぐさでも今日のオレには刺激が強い。
「いや、そんなことはないさ。今日はごめんな。どうやって過ごしてた?」
知っているのにこういう聞き方って我ながらどうなんだと思わなくもないのだが。
「ああ、三洲くんが麓に下りるから一緒に行かないかって誘ってくれたんだ」
「へぇ……」
「珍しいよね。というか、実は同室になって半年以上経つのにふたりで出かけたの初めてでさ」
「そういえば聞いたことなかったな。三洲、生徒会長やってる間はあり得ないくらい忙しかったもんな」
「そうなんだよ。だからすごく新鮮で楽しかったよ」
「そうか。なら良かった」
これはオレの本心だ。妬いているのは事実だが、やはり託生が楽しく過ごせたのならそれは嬉しいことなのだ。
「あ、でも真行寺くんには余計な心配かけちゃったみたいで」
「心配……?」
「うん。なんだか変な噂聞いたらしくて」
「それって心配じゃなくてやきもちだろ」
「それはないよ。今更ぼく相手にやきもちなんて」
「甘いな、託生。誰が相手だって好きな相手にはやきもち妬くんだよ」
「そうかなあ」
「オレも聞いたし。その噂」
「あ、そうなの? もしかしてギイもそれで妬いたりした?」
ニコリと笑う託生。こういうことには鈍感そうなくせに、たまに突然オレをからかうような発言をするから驚く。
本人がどこまで自覚を持っているかわからないところがまたなんとも……。
「まあ……それはともかく。噂はどこまでホントなんだよ」
「だから噂って何なのさ」
「肩を抱いて歩いてたとか」
「は!? そんなことしてないよ!」
「そうだよな」
即座の反論にホッとしたのも束の間、
「あ、でも……。ふらふら歩いてたら後ろから車が来て、危ないよって三洲くんが肩を引き寄せてくれたんだ」
託生がとんでもないことをシレッと言い放った。
「……なに?」
「で、でもそんなのほんの一瞬だよ」
思わず出たオレの低い声に託生は一瞬たじろいだようだ。
「じゃあ寄り添って寝てたってのは?」
「あ〜それは……」
「ホントなのか!?」
「えーとね、帰りのバスで一緒にCD聞いてたんだけど、ついうとうとしちゃって。いつのまにか三洲くんの肩を枕にしちゃってたみたい。それで気付いたら三洲くんもぼくの頭を枕にして寝てたんだよ」
「アノヤロー………」
噂は全部ホントじゃないか。何が尾びれだ。どこが背びれだ、章三。
「怒らないでよ。わざとじゃないんだし」
いや、どうだかわからないぞ。
「それに元はと言えばギイがドタキャンするからいけないんだからな」
「それは……ゴメンな、託生。怒ってるのか?」
「このくらいのことで怒ってたら身が持たないよ。でも……」
「でも?」
「ガッカリはした、かな」
「オレと出かけたかったから?」
「当たり前だろ。三洲くんはたぶん、ぼくがガッカリしてるのを見て気を遣って誘ってくれたんだよ」
実際三洲の買い物はなにも今日じゃなくても良いようなものだった。
「楽しかったか、託生?」
「うん。……あ」
ためらいもなく肯定してすぐにシマッタ、という表情になる。今日は本当に楽しいひと時を過ごすことができたのだろう。
「いいんだよ、託生が楽しければ。三洲には借りが増える一方だな」
「ギイ……」
本当なら託生を楽しませるのはいつでも自分でありたい。でもそれを出来なくしているのもオレだから。
せめて、オレがいないところでも託生が笑っていられるように。そう願うことしか出来ない。
だけどこの気持ちだけはどうにもならない。
愛してるから。愛してるから、託生、少しくらいのヤキモチは許してくれよな。
これも全部、オレの愛の証だから――。
そっと託生の顎を取りついばむように優しい口づけを与える。
うっとりとほほ笑む託生を見て、もう今夜は歯止めがきかないことを自覚した。
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