卒業式の二日前。
「ただいま、三洲くん」
ぼくは一ヶ月ぶりに戻った270号室で、珍しく窓辺に立ってぼんやりと外を眺めていた三洲に声を掛けた。
「おかえり、葉山。ニューヨークはどうだった?」
「うん。行って良かった。すごく寒かったけどね」
「風邪ひかなかったか?」
「それは大丈夫。ありがとう。心配してくれるんだ」
「心配という程のものでもないよ。まあ寝込んで卒業式に間に合わないなんてことにならなければいいとは思ってたけどな」
「ほんとだね。そこまで考えてなかった。だからギイがあれ着ろこれ着ろってうるさかったのかな」
ぼくは心配性なギイの言動を思い出して思わずフフッと笑ってしまった。
「その様子だと決めたみたいだな」
「え?」
「行くのか?」
「…うん。たくさん考えたし、たくさん迷ったけど、やっぱりぼくニューヨークに行くよ」
ギイの側にいたいから。
「そうか。頑張れよ」
三洲が優しく微笑んだ。
「うん。ありがとう三洲くん」
つられてぼくも微笑む。一年間ありがとう。支えてくれて、ありがとう…。
いつもさりげなく、本当に自然に気遣ってくれた三洲。その色々が思い返されてじわりと胸が熱くなる。
「こっちは何か変わったことなかった?」
「特別なことは何もないよ。俺は葉山がいなくて退屈だったけどね」
「それってからかう相手がいなかったからってこと?」
ぼくが膨れるふりをすると、三洲は笑って
「なにもそこまで言ってないだろう。もっと自信持っていいよ、葉山」
と言った。
「だって退屈って言ったって、どうせずっと真行寺くんが来てたんだろ?」
「ああ。毎日来てたな」
そう言って僅かに視線を逸らす三洲。あれ?
「じゃあ退屈なんてする暇ないじゃないか。なんだかんだ言って仲良いんだから」
不自然に逸らされた視線に訝しさを感じてぼくはわざとからかう口調で言ってみる。でも三洲はそれ以上そのことには触れなかった。
「葉山、昼食は? 崎と約束してる?」
「あ、ギイは東京の実家に寄ってるから。帰って来るのは夜なんだ」
「じゃあ久しぶりに一緒にどうだ? 実は朝から何も食べてないんだ」
「え。だめじゃないか、ちゃんと食べないと。いくら受験が終わったからって、まだ卒業式が残ってるんだよ。答辞読むんだろ?」
「ふ〜ん。葉山に説教されるとはね。これはこれで中々面白いな」
三洲はクスクスと笑っている。もうっ! やっぱりからかわれてる! どうして赤池くんも三洲くんもぼくで遊ぶかな。
そうして久しぶりの学食では、やはり久しぶりに会った章三や矢倉や八津なんかも加わって、祠堂での残りわずかな時間を惜しむかのように、近況報告やその他諸々くだらない話まで、とても楽しい時が流れたのだった。
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