+++ もっと・きっと・ずっと +++

act 7.5



 卒業式の予行練習のあと、授業を免除され、会場の設営や進行の手伝いをしていた現生徒会の面々が俺の元へと集まって来た。
 俺が卒業するのは寂しいとか、これからが不安だとか、たぶん本気で言ってくれているのだろうけど。でもそんなことを思っているのはほんの少しの間だ。
 新学期が始まれば嫌でも最高学年になる。まだ何もわからない新入生に頼られて、数々の行事の手配と受験勉強に追われて、そうこうしているうちに卒業した人間のことなんていつの間にか懐かしい思い出になってしまうのだ。

 そのまま一緒に昼食を摂り、生徒会室に顔を出した。ここには俺を必要としてくれる人間がたくさんいる。
 こんな場合はどうすれば…なんて相談に、去年やおととしのことを思い出しながら丁寧に答える。
 謝恩会の時に会場に飾るペーパーフラワーを作るのも手伝ってやった。現役員達はそんなことまでさせる訳には…なんて慌てていたけれど、なにかしていたかった。なにも、考えたくなかった。
 その作業にも区切りが付いた頃、現生徒会長が笑顔で俺に話しかける。
「三洲先輩、今日はありがとうございました。このあとは卒業生にはマル秘事項の相談です」
「なにをたくらんでるんだよ」
 俺も笑顔で返した。
「それは秘密ですよ、先輩」
「そういうことなら、楽しみにしておくよ」
 何を企画しているんだか、さすがにそう言われてはこれ以上ここに留まる訳にもいかない。俺は生徒会室をあとにした。
 でも…。部屋に帰れば葉山がいる。昨日のことを謝りたそうにしていた。葉山が謝るようなことじゃないのに…。謝ってなんか欲しくなかった。仲の良かった真行寺のことを思えば葉山の反応は当然なんだから。
 『嘘ばっかり』―――葉山の言葉が耳に残る。そうだよ、俺は嘘つきだ。自分で自分がわからなくなるほどに。

 こんな時に気軽に部屋を訪ねられるような友人はいない。俺は人気のない第一校舎の屋上へ向かった。冷えた空気がピリリと頬を刺す。太陽は低く、快晴の空の下でもその本来の暖かさはわずかにしか届かない。
 こんな所には誰も来ないだろうと思いながらも俺は給水タンクの陰の人目に付かない場所に腰を下ろした。
 昨日は…昨日だけじゃない、ここ数日、余り眠っていなかった。眠った途端に嫌な夢を見る。それは妙にリアルだったり漠然としたものだったりしたけれど、夜中に何度も冷や汗をかいて起こされた。
 不安・哀しみ・絶望…たくさんのどす黒い感情が一気に押し寄せて、ただ苦しかった。
 誰かにそばにいて欲しかった。そばにいて欲しい誰かなんてひとりしかいないのに、俺はそれを自分の意志で切り捨てた。
 だから俺はひとりでこの痛みに耐えるしかない。友達とか、仲間とか、表面上の付き合いならいくらでもいる。でもこうして本気で誰かを求めた時に一緒にいてくれるような相手なんて皆無なのだ。
 ずっと人との間に薄いフィルターを貼って過ごして来たのだから当然だ。誰も自分の素顔なんて知らなくていいと思っていた。上辺だけの付き合いをしていても、なぜか俺の周りにはいつでも人が集まって来たから。それを信用して頼って来た奴らに悪いと思ったこともない。俺はその時々にいつも完璧に対応してきたつもりだ。
 でも葉山は…。この一年間、葉山を前にして俺は何度も仮面を壊されそうになった。人には世間に疎いと言われている葉山だが、突然驚くほど核心をつくようなことを言う時がある。
 つい二年前までは自分の殻に閉じこもって、それでいていつも神経の先の先まで研ぎ澄ませて他人との距離を測っていた葉山だからこそ、人の心のわずかな動きまで無意識に感じ取ることが出来るのかも知れない。
 昨日のこともきっと気にしているだろう。俺が部屋に戻らないことで余計に心を痛めているかも知れない。そうは思っても今は葉山に会いたくない。…会えない。会ってまたなにか言われたら、もう今度こそ俺は自分を保つ自信がなかった。
 昨日だってギリギリだったんだ。もう少しで俺は自分の想いを告げてしまうところだった。赤池が入って来なかったらきっと。

 …赤池の一撃も効いたな。
 ―――『三洲が泣かしたのか』
 きつい視線と共に向けられた言葉に俺は思いのほか動揺した。
 赤池は俺に媚びることなく、かと言ってあしらう訳でもなく対等に付き合える、俺にとっては数少ない部類の人間だった。三年になって葉山を守るという共通の使命が出来てからは、クラスが同じこともあってつるむ機会も多かった。こいつとならいずれは本当の友人になれるかも知れない…そんなふうに思っていたけど。
 でも結局俺は信用されていた訳ではないんだとわかった。
 当然だよな。聡い奴ほど俺が本心を見せていないことなんかわかっていたはずなんだから。


 ―――俺のまわりには誰もいない。誰ひとり、俺のことをわかる奴はいない。でも寂しくなんかない。それが自分で望んだ生き方なんだから。


 ふいに昨日の葉山の言葉を思い出す。
『三洲くんが全部を見せてくれるのを望んで、しかも受け止めてくれる人がいるだろう?』
 言われて、咄嗟にあいつの顔が浮かんだ。でも
『それももう必要ないからって、泣いてたんだ』
 必要ない…それでいいんだ。お前のこの先の人生に俺なんかいない方がいい。今は辛くても、お前ならきっとすぐに立ち直れる。
 そして俺を恨めよ。ずっと、一生恨んでくれよ。恨むことで、俺のことを心の片隅にでも留めておいてくれるなら………。


 ………寒いな………。


 俺は自分で自分を抱き締めて目を閉じた。
 閉じた瞼の裏に浮かんだのは―――。

















―――愛してる。真行寺―――














   
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